
人間と科学の関係性を考える
「科学の方法」(中谷宇吉郎)岩波新書
この書の表題は、
「科学の方法」となっているが、
いわゆる方法論を説くのが、
本書の目的ではない。
現代の自然科学の本質は
どういうものであり、
それがどういう方法を用いて、
現在の姿に生長して来たかという
点について、考えて…。
新書本は新鮮さが命です。
しかし内容によっては
時間が経過しても色褪せず、
鮮度を保ち続ける本もあるのです。
本書もそうした新書本の一冊です。
中谷宇吉郎の「科学の方法」、
1958年に刊行されて以来、
70年近くの間、
読み継がれている名著です。
〔本書の構成〕
序
一 科学の限界
二 科学の本質
三 測定の精度
四 質量とエネルギー
五 解ける問題と解けない問題
六 物質の科学と生命の科学
七 科学と数学
八 定性的と定量的
九 実験
十 理論
十一 科学における人間的要素
十二 結び
附録 茶碗の曲線
本書の味わいどころ①
科学の本質とその限界を知る
科学技術は急速に進歩し、
現代に至っています。
本書が刊行された1958年に比べると、
格段の進歩を遂げたはずです。
近い将来、世の中の問題のすべてが
科学によって解決されるだろうという、
いわゆる「科学万能論」的な
考え方をする人も
少なからずいるのではないかと
考えられます。
筆者は、
科学はそれが取り扱うのに適した
問題のみを抽出して解決していること、
そしてそのような問題に対して
科学の方法は強力であり、
そのような方向へと
発展していることを、
丁寧に説明しているのです。
それが科学の本質というものでしょう。
それを踏まえて、
科学には限界があると
筆者は述べているのです。
科学は「再現可能性」がある現象にしか
適用できず、
すべての自然現象を
説明できるわけではないという
筆者の視点に、はっとさせられます。
「火星に行ける時代になっても、
テレビ塔の天辺から落ちる
一枚の紙の行方は予測できない」と、
筆者は述べます。
それが科学の限界なのです。
AI時代の到来により、
一般人にとって科学はますます
「ブラックボックス化」
していくのでしょう。
だからこそ、科学は何を解明でき、
何を解決できないかを想像することが、
これから大切になってくるものと
考えます。
そうした科学の本質を理解し、
その限界を知ることこそ、
本書の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本書の味わいどころ②
再現可能性を正しく認識する
科学的手法の根幹は、「同じ条件で
同じ結果が得られること」です。
しかしすでに発見された
法則や規則性どおりに
物事が進むのではなく、
複雑な要素が絡み合って
自然事象が発生しているのです。
そのため完全な再現が
困難であることが多いのです。
実際の科学は、
そうした複雑さを考慮し、
近似的な再現性をもって
証明がなされたものとして
取り扱っているのです。
こうした考え方は、
自然科学を深く学んだ人間でも
なかなか気づかずに
素通りしている部分ではないかと
思われます。
建築工学や電子工学などの分野で
精密さが求められる現代は、
まさにこうした考え方を
身につけている必要があるでしょう。
この、科学の再現可能性を
正しく認識することこそ、本書の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本書の味わいどころ③
人間と科学の関係性を考える
科学的知識は
「文字や数式」によって蓄積され、
世代を超えて進化するという視点も
新鮮です。
この考え方は、
自然科学教育や科学研究の
本質を考えるうえで
示唆に富んでいると考えます。
現在の自然科学は、
人間が自然の中から抽出した
人間のための自然像にすぎないのです。
自然そのものは
もっと複雑で深いものだと
思い知ることも重要であると
筆者は述べているのです。
同時に、科学は自然現象を
「人間の五感で捉えられる範囲」で
分析する営みであり、
客観性を追求しつつも
人間的な限界を持つものであると、
筆者は指摘します。
それは、
人間が精神的に進歩することにより
科学もまた発展し、それが人間の
次なる深化をうながすということ
なのかもしれません。
だとすれば科学の発展に限りはないと
考えることもできるのです。
さらに筆者は、
科学が「人間の利益となる観点」で
自然を探るものであるとし、
科学者の倫理や社会的責任にも
言及しています。
現代の科学技術が
人間社会に与える影響を考える際、
この視点は極めて重要なものと
なるはずです。
この、人間と科学の関係性を
考えることこそ、本書の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
さて、私の手元にある本書は、
1986年の重刷版で
第33刷となっています。
2025年現在、
まだ紙媒体で流通しています。
いったい何刷目になっているのか?
電子書籍でも刊行されるなど、
初版から70年余、筆者没後60年以上が
経過しているにもかかわらず、
色褪せるどころか、
まだまだ現役版として
さらに存在感を増していると考えます。
教養が軽んじられる時代となって
久しいのですが、
今こそ求められるのは確かな教養です。
岩波新書からは
教養を身につけられる新書本が
数多く出版されているのですが、
まずはこの一冊からご賞味ください。
(2025.10.29)
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