「黄金仮面」(江戸川乱歩)

怪盗ルパン登場!もはやジュヴナイル

「黄金仮面」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第7巻」)光文社文庫

「明智君、今云った妙なことは、
あれは一体どういう意味だね」
「黄金仮面は
アルセーヌ・ルパンだ。
突飛に聞えるかも知れない。
僕も長い間迷っていた。
だが、二三日以前、
やっと思違いでないことが
判明した。
ルパンは今この東京に…。

あまりにも事件がてんこ盛り過ぎて、
粗筋としてどこを押さえるべきか
見当がつきません。
重要な台詞を抜き出し、
それに代えてしまいました。
本作品ほどの古典的名作であれば、
ネタバレも何もないでしょう。
江戸川乱歩の明智小五郎シリーズの
一つである本作品はズバリ、
「名探偵明智小五郎vs怪盗ルパン」
なのです。

【明智小五郎
  事件ファイル11「黄金仮面」】

〔主要登場人物〕
鷲尾正俊
…侯爵。資産家。古美術品を蒐集、
 自宅内に小美術館を建築。
鷲尾美子
…侯爵の娘。美少女。十九歳。
 殺害される。
小雪
…鷲尾家の侍女。美少女。二十歳。
 殺害される。
三好老人…鷲尾家の執事。
木場
…三好老人を頼って鷲尾家に
 寄宿している天理教教師。
 怪しい行動をする。その正体は…。
大鳥喜三郎
…資産家。明智に捜査を依頼する。
大鳥不二子
…喜三郎の娘。二十二歳。
 黄金仮面に恋をする。
尾形…大鳥家の執事。老人。
お豊…不二子の乳母。
青山…大鳥家の書生。
川村雲山
…高名な彫刻家。
 黄金仮面に何かを奪われ、自殺する。
川村絹枝
…雲山の娘。雲山の留守中、
 黄金仮面に自宅を襲撃される。
シャプラン
…フランス人飛行家。来日中。
ルージェール伯爵
…F国大使。日本の古美術に関心が高い。
浦瀬七郎
…ルージェール伯付きの日本人秘書官。
 殺害される。
波越警部
…警視庁捜査一課警部。
 黄金仮面事件を担当。
エベール
…元パリ警視庁刑事部長。
 特命を帯びて極秘で来日。
アルセーヌ・ルパン
…フランスの怪盗。
 日本の古美術を狙って来日。

〔事件の概要〕
⑴国産大真珠「志摩の女王」強奪事件
・黄金仮面、大真珠を強奪、逃走。
・黄金仮面、演劇に乱入、逃走。
・黄金仮面、産業塔に逃走、脱出。
⑵鷲尾邸「阿弥陀如来像」強奪事件
・黄金仮面、阿弥陀如来像を強奪。
※鷲尾美子殺害事件
・何者かが美子を殺害。
・明智、犯人を名指し。犯人逃走。
・黄金仮面の部下、犯人を殺害。
⑶大鳥不二子誘拐事件
・不二子、自室より消失。
・明智、黄金仮面アジトに潜入、対決。
・明智、不二子を救出。
・黄金仮面、不二子を奪還、逃走。
⑷明智小五郎襲撃事件
・黄金仮面、明智探偵事務所を狙撃。
・明智の死体消失。
⑸F国大使館「仮面舞踏会」襲撃事件
・黄金仮面、舞踏会への参上予告。
・黄金仮面、自身に扮した男を殺害。
・明智復活、黄金仮面の正体を喝破。
・黄金仮面、大使館を脱出、逃走。
⑹川村雲山邸襲撃事件
・黄金仮面、雲山留守中に邸宅を襲撃、
 絹枝を脅迫、何かを奪い逃走。
・雲山帰宅、自殺。
⑺黄金仮面アジトによる最終決戦
・明智、黄金仮面アジトを究明。
・明智、拉致監禁される。
・ルパン、アジトを爆破して逃走。
・ルパン、不二子を連れ、
 シャプラン氏の飛行機で逃走。
・明智、不二子を奪還、
 ルパン行方不明。

本作品の味わいどころ①
封印!猟奇色エログロ色乱歩色

本作品の発表は昭和5年、
講談社の雑誌「キング」への連載でした。
この「キング」という月刊誌、
発行部数百万部を誇る、
超メジャー大衆紙でした。
それを乱歩が強く意識したせいか、
「蜘蛛男」「吸血鬼」のような
猟奇色・エログロ色は
影を潜めています。

十九歳の美少女・鷲尾美子が
襲われる場面は浴室の中。
それまでの乱歩作品であれば、
散々もてあそばれる場面が
現れるのですが、今回はパス。
いきなり胸を刺されて
絶命させています。
怨恨目的の殺人事件は
ここだけですので、
あとは猟奇もエログロも
まったく顔をのぞかせません。
大人向けの乱歩作品の中では
きわめて健全(?)な
作品となっているのです。
この、猟奇色・エログロ色、
つまりは乱歩色を徹底的に封印した
乱歩らしからぬ作風こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
繰り出されるお馴染みトリック

全編トリックのオンパレードです。
しかもどこかで読んだことのある
トリックです。
⑴での「変装による窮地脱出」
「模造品とのすり替え」などは、
その後の怪人二十面相シリーズで
何度も登場するパターンです。
⑵での「竹筒活用による水中隠遁」は
もはやミステリというより
初等忍術です。
⑶の襲撃者と被害者の「一人二役」、
運転手の「人物入れ替わり」も、
定番トリックといえます。
⑷の明智小五郎襲撃は、
作中に「ホームズの用いた、
古い手なんだぜ」とあるように、
ホームズの「空家の冒険」の
オマージュです。
もちろん「死体消失」もまた
ミステリの常套手段です。
「部屋ごとエレベーター」
「カーテンの影のダミー」も、
のちの少年探偵団シリーズに
しっかりと登場します。
この、惜しげもなく繰り出される
お馴染みトリックこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

INDEX 明智小五郎の事件簿

本作品の味わいどころ③
怪盗登場!もはやジュヴナイル

というわけで、前作「吸血鬼」で
すでに現れていた大人向け作品の
「ジュヴナイル化」傾向ですが、
もはや本作品においては、
乱歩のその作風は
完全にジュヴナイルとなっています。
怪盗ルパンを主役に仕立てた以上、
人殺しも破廉恥なまねもできず、
したがって猟奇色・エログロ色が薄れ、
さらには怪盗の手口を際立たせるために
奇術的トリックを多用せざるを得ず、
結果的にジュヴナイル仕様に
ならざるを得ないのです。
怪盗ルパンを
怪人二十面相に置き換えれば
少年探偵団シリーズ
一作になってしまいます
(一層のジュヴナイル仕様の
少年探偵版「黄金仮面」もあります)。

乱歩はこの「黄金仮面」のヒットに
味を占めたのでしょうか、
その6年後の昭和11年、
ついに怪人二十面相をデビューさせ、
以後、昭和37年までの約四半世紀の間、
長寿シリーズとして定着します。
その原点こそが
本作品「黄金仮面」なのでしょう。
この、怪盗を登場させることにより
完成したジュヴナイル仕様の作風こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

ポプラ社の
少年探偵団シリーズ(全46巻)から
乱歩に入門した私などは、
前半26冊の二十面相シリーズを
ほぼ読み終えてから、
後半の大人向け作品リライト篇20冊に
進出した関係上、
明智は二十面相との一連の対決のあとに
ルパンと対峙したように
とらえていました。
本作品の方が先であることを、
大人になってから初めて知りました。
少年探偵団シリーズの原形ともいえる
「黄金仮面」を、ぜひご賞味ください。

(2025.10.31)

〔青空文庫〕
「黄金仮面」(江戸川乱歩)

〔「江戸川乱歩全集第7巻」〕
何者
黄金仮面
江川蘭子
白髪鬼
 解題/注釈/解説
 私と乱歩 青柳いづみこ

〔関連記事:明智小五郎の事件簿〕

「吸血鬼」
「魔術師」
「何者」

〔関連記事:少年探偵団シリーズ〕

「怪人二十面相」
「少年探偵団」
「青銅の魔人」

〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕

RAMPO WORLD
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