「盲目の目撃者」(甲賀三郎)

それにしてもサスペンス感たっぷり

「盲目の目撃者」(甲賀三郎)
(「盲目の目撃者」)春陽文庫

元船医の井田は、謎の青年・
緑川の依頼で訪問した先で
殺人事件に巻き込まれる。
その家の執事が殺害され、
井田がかつて所有していた拳銃が
落ちていたのだ。
起訴された井田を救ったのは、
井田を陥れた緑川だった。
緑川のねらいは…。

乱歩横溝と同時代の
探偵小説作家・甲賀三郎
その作品の多くは
埋もれつつあるのですが、
昨年2024年、
文庫本に新刊が登場しています。
中篇作品三篇を収めたものですが、
その標題ともなっている本作品、
今読んでも
スリリングを十分に味わえます。

〔主要登場人物〕
井田信一

…元船医。乗船していた船が
 沈没したが、奇跡的に救出される。
緑川保
…井田に接近した謎の青年。
 冤罪で起訴された井田を救う。
川島友美
…川島家の遺産を相続した青年。
 生まれてすぐ里子に出されていて
 行方がわからなかった。
川島奈美子
…友美の母親。盲目の老婦人。
草野妙子
…井田の乗った船の乗客。
 奇跡的に救出される。
 なぜか民谷清子の名で
 川島友美と婚約している。
民谷清子
…井田の乗った船の乗客。
 船内で病死する。
根本
…川島家の執事。殺害される。
 その現場に居合わせた井田が
 逮捕される。
高見作兵衛
…緑川とともに訪れた先で死亡していた
 老人。川島家の元雇い人。
桝本
…弁護士。
 起訴された井田の弁護にあたる。
〔事件の経緯〕
・緑川が井田に接触。
⑴緑川の要請で
 井田が訪問した先の老人が突然死亡。
⑵川島家において根本が殺害され、
 不審な形で侵入していた
 井田が逮捕される。
・緑川の出資、桝本の弁護により、
 井田無罪で釈放。
・釈放後、緑川が井田に接触、
 川島家別荘へ案内。
⑶井田と緑川の到着前に、
 何者かが作兵衛老人を殺害。
・事件解決、真犯人逮捕。

本作品の味わいどころ①
次々と行く手に死体の井田

誘われて安易な気持ちでついて行ったら
そこには死体があった。
今となってはベタな展開といわれるほど
溢れすぎている筋書きですが、
本作品の発表は昭和六年。
まだまだ日本ミステリの黎明期です。
いわばこうした展開の
「当たり前」ではなかった時代の
作品なのです。

それにしても
サスペンス感たっぷりです。
最初の訪問宅では、
井田との面会直後に老人が急死。
井田が殺人犯と疑われても
しかたのない状況です。
それを脱したかと思えば、
次に訪問した川島宅でも
執事が殺害されていて、
そこには井田がかつて紛失した
拳銃が落ちていたという
窮地に立たされるのです。

二度あることは三度ある。
釈放後すぐに訪れた先でも死体があり、
やはり井田が疑われるのです。

船の遭難から
奇跡的に生還したとはいえ失職し、
しかも元来、親類も友人もない井田。
自暴自棄になった末のことであり、
事件に巻き込まれるのも
当然の状況です。
この、次々と行く手に死体の現れる
井田の体験するサスペンスこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
敵か味方か謎の青年の緑川

その井田を死体へと(結果的に)
誘導しているのが謎の青年・緑川です。
どう考えても井田をはめているとしか
思えないのですが、
その一方で井田の裁判の資金を提供し、
弁護士を雇い、
さらには無罪を証明する
決定的証拠を見つけるのです。
この、敵か味方か、正体不明の
謎の青年・緑川の存在感こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
謎だらけ!事件周辺の人々

それだけではありません。
井田と同じ船に乗り、やはり
奇跡的生還を果たした草野妙子は、
同じ船内で亡くなった女性・
民谷清子の名をかたり、
なりすましをしているのです。
その婚約者・川島友美も、
遺産相続者でありながら
桝本弁護士が身辺調査をしています。
その母親・川島美奈子も
盲目でありながら、
何やらいわくありげな
存在感を発揮しています。
殺害された三老人も、
殺害される理由が不明であるものの、
そこには何かがありそうな雰囲気が
濃厚に漂っているのです。
それらが最後に
一つにつながるとともに、
事件は全面解決となるのです。
この、謎だらけの周囲の人物たちの
存在こそ、本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、本書を刊行した春陽文庫。
しばらく閉鎖中でしたが、
2022年より時代もの作品が復刊、
そして2024年より
探偵小説篇もスタートしています。
続々と日本古典ミステリが
復刊するのかと思いましたが、
どうやらクラウドファンディングを
利用しての復刊のようです。
昨年のクラウドファンディングにより、
今年2026年も1月と2月に
計4冊が刊行されるようですが、
以後はしばらく
お預けになるのでしょう。
日本古典ミステリを読むことが
困難となる時代を迎えたようです。
まずは本作品をご賞味あれ。

(2025.11.2)

〔誤植が多いのが惜しまれるところ〕
このように貴重な探偵小説を
復刊している出版社の業績は
大きく評価されるべきです。
しかし誤植が目立つところが
惜しまれます。
本作品を一読しただけでも、
次の点は明らかに誤植と思われます。
⑴43頁2行目
「井信一という私の姓名を
 正確に知っている。」
・語り手「私」の名前は「井信一」。
 これでは不正確にしか知っていない。
⑵43頁8行目
「緑川は行きけのカフェ…」
・おそらく「行きけ」が正しいはず。
⑶46頁11行目(小見出し)
なくなした短銃」
・どう考えてみても
 「なくした短銃」ではないのか。
現在、出版社では
校正という作業をしていないのでは
ないかと思われるレベルです。

〔春陽文庫「盲目の目撃者」〕
盲目の目撃者
山荘の殺人事件
隠れた手
 好敵手甲賀・大下 横溝正史
 「盲目の目撃者」覚え書き 日下三蔵

〔関連記事:甲賀三郎作品〕
「琥珀のパイプ」「歪んだ顔」
「五階の窓」(合作作品)
「江川蘭子」(合作作品)

〔関連記事:日本古典ミステリ〕

「痴人の復讐」「血の盃」
「青蛇の帯皮」
「変化する陳述」

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StockSnapによるPixabayからの画像

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