
状況が身近に感じられて仕方ありません
「鳥」(デュ・モーリア/務台夏子訳)
(「鳥 デュ・モーリア傑作集」)
創元推理文庫
夜、窓を打つコツコツという音。
気になったナットは
窓を開けるが、
そこから飛び込んできたのは
一羽の鳥だった。
しかし続いて
子供部屋から泣き叫ぶ声が。
数十羽の鳥が侵入し、
子どもを襲っていたのだ。
本当の恐怖はその次の夜に…。
「鳥」といえば
ヒッチコックのパニック映画が
すぐに思い出されますが、
本作品はその原作となった
短篇作品です。
英国の女性作家
デュ・モーリアの書いたそれは、
しかし筋書きがまったく異なります。
ヒッチコックが本作品から
映画に取り入れたのは
「鳥が人間を襲う」という
その一点だけなのです。
ヒッチコック映画もスリリングですが、
「恐怖」という点では
本作の方が上回るかもしれません。
〔主要登場人物〕
ナット・ホッキン
…退役軍人。
町をはなれ、海辺のコテージで
家族とともに生活している。
「妻」…ナットの妻。
ジル…ナットの娘。
ジョニー…ナットの息子。まだ幼い。
トリッグ夫妻、ジム
…ナットの近所のトリッグ家の人々。
鳥の襲撃により死亡。
本作品の味わいどころ①
野生生物に襲撃される恐怖
命を脅かされるのは、相手が何であれ、
恐怖であることにかわりはありません。
しかし野生生物が
相手であることの方が、その恐怖は
ひときわ大きなものになるはずです。
人間と異なり、
襲ってくる理由もわからなければ、
話し合えもしないのです。
しかも集団で襲い来る、
予想外の方法で迫ってくる、
警察もあてにできない、
対策は限定的、
人間の無力さがひしひしと
感じられることこそが
恐怖につながってくるのです。
短篇作品であるだけに、
描かれているのはたった二晩だけです。
最初の夜は、冒頭で紹介したように、
ホッキン家に数十羽の小鳥が
襲ってきただけなのですが、
ナットはその昼、すぐに異変を察知、
夜に備えるのですが、
その夜は大群が襲撃、
家の守りを強化したことが幸いし、
かろうじて難を逃れるのです。
しかし、それで鳥の襲撃が
落ち着いたわけではありません。
第三夜の訪れる直前で
物語は幕を閉じるのですが、
読み手は恐怖を抱えたまま、
現実世界へと引き戻されるのです。
この、野生生物に襲撃される恐怖を
疑似体験することこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
背景にある異常気象の恐怖
なぜ鳥が人を襲撃するのか?
本作品において
明確な説明はなされていないのですが、
トリッグ夫人の口から
「北極圏の気候の影響」という言葉が
語られます。
つまりは異常気象なのです。
背景に異常気象がある。
つまり、鳥の襲撃は
ホッキン家だけの問題ではなく、
広く英国全体の危機的状況であることが
明らかとなってくるのです。
この、背景にある異常気象、
そして広範囲にまたがる
自然災害としての恐怖こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
孤立無援の僻地である恐怖
そうした国家レベルの
危機的状況であることを
ナットはつかむのですが、
いかんせん彼の居住地は僻地なのです。
町から離れ、食料も燃料も余裕がなく、
電話も自動車も持っていない。
さらに近所のトリッグ家も
鳥の襲撃により全員死亡。
調査のために訪れた飛行機も墜落炎上。
もはや自分の身は
自分で守るしかない状況に陥るのです。
この、孤立無援の僻地で
第三夜を迎える恐怖こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
本作品の発表は1952年。
第二次世界大戦が終わったものの、
冷戦の予感が到来し、
英国社会にはまだ不安が
横たわっていた時代です。
人間を襲撃した鳥たちは、
何かのメタファーなのかもしれません。
さて、読み終えると、
なにか筋書きが身近に感じられて
仕方ありませんでした。
「鳥」を「熊」に置き換えると、
今年の日本の状況に、
きわめて酷似しているのです。
野生生物に襲撃される恐怖、
背景にある異常気象の恐怖、
孤立無援の僻地である恐怖を、
今年は何度味わったでしょうか。
私の住まいの
すぐ近くにも出没しました。
日中でも玄関に
鍵をかけるようになりました。
ゴミ出しすら怖くて
徒歩ではなく車で行っています。
有効な対策が講じられないまま、
一年が過ぎようとしています。
本作品の終末、
ナットによる当局の対応への非難が
秀逸です。
「いつだってこうだ。
おれたちはいつも裏切られる。
最初から行き当たりばったり。
無計画で、秩序も何もない。
それに、こんな僻地のことなんぞ
連中の眼中にはないんだ。
そういうことさ。
内部の住民が最優先。
おれたちはどんな目に遭っても、
ただ待っているしかないんだ」。
現実世界で、このような愚痴を
こぼすことのないような世の中であれば
いいなと願う限りです。
世相を表す「今年の漢字」、
2025年は「熊」となりました。
来年こそはよい意味での漢字が
選ばれることを期待します。
みなさま、
それではよいお年をお迎えください。
(2025.12.31)
〔「鳥 デュ・モーリア傑作集」〕
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動機
解説
〔デュ・モーリアの本はいかが〕
〔ヒッチコック「鳥」はいかが〕

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