「ともしい日の記念」(片山廣子)

この新しい年をよろこべ!

「ともしい日の記念」(片山廣子)
 ちくま文庫

はじめに生れたのは
歓びの霊である、
この新しい年をよろこべ!
ケルトの古い
言ひつたへかもしれない、
或るふるぼけた本の最後の頁に
何のつながりもなく
この暦が載つてゐるのを
読んだのである。
この暦によると世界は無限に…。
「或る国のこよみ」より

以前、この随筆集に収録されている
「ばらの花五つ」を取り上げました。
片山廣子の随筆集
「ともしい日の記念」です。
冒頭の一篇の最初の一節を
抜き書きしましたが、
「この暦」とは次のようなものです。
  一月 霊はまだ目がさめぬ
  二月 虹を織る
  三月 雨のなかに微笑する
  四月 白と緑の衣を着る
  五月 世界の青春
  六月 壮厳
  七月 二つの世界にゐる
  八月 色彩
  九月 美を夢みる
  十月 溜息する
 十一月 おとろへる
 十二月 眠る

本書の味わいどころ①
透明感のある静謐な日本語

旧仮名遣いの文体を
そのままにしてあるため、
多少の読みにくさはあるものの、
それぞれの文章からは、
古き良き日本語の香りが漂ってきます。
特別なことを
書いているのではありません。
日常のごくありふれたことを
記しているだけです。
しかし書かれた時代は戦中戦後。
困難な時代の中に、
それでもわずかな光明を見いだし、
それを大切にしていこうという
筆者の誠実な思いが結晶化したような
文章となっているのです。
「私たちは未知の明日に向つて
 みんなが旅立つて行きつつある。
 その旅の小さい荷物の中には
 何が入れられるのだらう?
 まづ主食ではない、
 夜具布団でも着物でもない。
 私たちの一ばん欲しい物、
 買ひたいもの、
 それはおのおの違つたもので、
 必需品以外に、
 生活のうるほひとなる
 小さな物や大きなもの、
 その他もろもろであらう。」

 (「その他もろもろ」)
余計なもの、濁ったものを一切含まず、
純真な心の中をそのまま
言葉に置き換えたような文章は、
心の中に
すっと染み込んでくるかのようです。

本書の味わいどころ②
当時の文学者たちとの交流

注目すべきは、同時代の文学者、
芥川龍之介と菊池寛との交流が
描かれている
(「芥川さんの回想」および
「菊池さんのおもひで」)ことです。
その二篇は偉大な作家二人を慕う
筆者の想いが
自然な形で表出した好篇です。
しかしそれ以上に「花屋の窓」において、
芥川龍之介をしみじみと思い出している
場面には心を打たれます。
芥川の随筆作品「
うめ うま うぐひす」の中の
「夕がた何処かの坂の中途で作者が、
闇の中に明るい花屋の
ガラス窓を見るくだり」にふれ、
「これは、山手の坂のあの同じ
 花屋であることは確かである。
 菊の花の群がつた上に漂つてゐる
 煙草の煙の輪を、
 私も見たやうな錯覚さへもち始めた。
 静かなおちつきの世界を
 芥川さんも私もおのおの違つた時間に
 覗いて見たのであつたらう」

直接的なものではない、
しかし時間を超え、
同じものを見て
同じ感覚を味わったという、
静かで穏やかな心の交流なのです。

本書の味わいどころ③
文章から伝わる日本の四季

片山は1953年に
随筆集「燈火節」を発表しましたが、
その収録作48篇
(おそらく全作品と考えられる)に
単行本未収録作品2篇を含む数篇を追加、
計57篇を、
上記の「暦」に対応させた章立てを施し、
編者・早川茉莉が
再編集したものとなっています。
この効果が
素敵な味わいを生み出しています。

読み進めると、
まるでカレンダーをめくっているような
錯覚に陥るくらいです。
作品ごとの時系列は
散らばってしまっているのですが、
そのかわり四季折々の話題が現れ、
片山廣子の世界を
より詩的に味わうことができるのです。

それにしても片山廣子は、
季節感と美意識を大切にした
作家だったということがわかります。
「季節の変るごとに」には、
戦中、武蔵野の自宅周辺の
自然の恵みを食に生かしていたことが
語られます。
「冬から春にかけ、
 らくに手に入るものは大根で、
 それに白菜、小蕪、ほうれん草、
 果物では林檎とみかんを
 ずうつと六ヶ月位
 たべ通すのである。
 十二月、正月にかけて乾柿が出る。
 新春のなますに乾柿を混ぜたものは
 世界のどこにもない美味である」

筆者の目を通した日本の美しい風景が、
私たちの脳に
直接投影されていくのです。

さて、私は本書を年末に読みました。
そのせいか
過ぎゆく年と重ね合わせながら
愉しむことができました。
新しい年が明け、
再び冒頭の一節に戻りたいと思います。
「はじめに生れたのは歓びの霊である、
 この新しい年をよろこべ!」

〔新年にあたって〕
明けましておめでとうございます。
2014年7月に
Yahoo!ブログからスタートし、
2018年に自前のサイトに
移行・独立した読書ブログ運営も、
今年でもう12年となります。
これからも
素敵な本との出会いを果たしながら
人生を愉しんでいきたいと思います。
今年もどうかよろしくお願い致します。

(2026.1.1)

〔「ともしい日の記念」収録作品〕
或る国のこよみ
一月 霊はまだ目がさめぬ
 新年
 過去となつたアイルランド文学
 北極星
 迷信の遊戯
二月 虹を織る
 燈火節
 古い伝説
 四つの市
 うまれた家
 アイルランド民謡雑感
三月 雨のなかに微笑する
 季節の変わるごとに
 黒猫
 L氏殺人事件
 学校を卒業した時分
四月 白と緑の衣を着る
 徒歩
 ともしい日の記念
 まどはしの四月
 かなしみの後に
 いちごの花、松山の話など
五月 世界の青春
 ばらの花五つ
 子供の言葉
 買食ひ
 赤とピンクの世界
 五月と六月
六月 壮厳
 地山謙
 その他もろもろ
 たんざくの客
 乾あんず
 ミス・マンローのこと
七月 二つの世界にゐる
 入浴
 御殿場より
 小さい芸術
 芥川さんの回想
八月 色彩
 三本の棗
 豚肉 桃 りんご
 林檎のうた
 菊池さんのおもひで
 軽井沢の夏と秋
九月 美を夢みる
 仔猫の「トラ」
 大へび小へび
 あけび
 茄子畑
十月 溜息する
 よめいり荷物
 「子猫ノハナシ」
 花屋の窓
 銀座で
 むかしの人
 Kの返した本
十一月 おとろへる
 遠慮
 コーヒー五千円
 身についたもの
 二人の女歌人
 トイレット
 鷹の井戸
十二月 眠る
 お嬢さん
 イエスとペテロ
 歳末
 あとがき

〔片山廣子について〕
筆者・片山廣子は、
明治11年(1878年)生まれの
歌人であり、随筆家であり、
アイルランド文学翻訳家
(松村みね子)でもあります。
軽井沢へ避暑に行くことの
多かった彼女は、
その地で多くの文化人と交流しました。
芥川龍之介晩年の作品
「或阿呆の一生」の中では
「彼は彼と才力の上にも格闘出来る
女性に遭遇した」と紹介されています。
また、
堀辰雄からは小説のモデルにされ、
「聖家族」では「細木夫人」、
「菜穂子」では「三村夫人」として
描かれています。

近年再評価が進んでいるのでしょうか、
単行本がいくつか出版されています。
いずれも高価ですが、
おもしろそうなものばかりです。

jiriposival0によるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「大和古寺風物誌」
「春の絵巻」
「同時代のこと」

【こんな本はいかがですか】

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