
探偵小説初のトロイカ体制による事件捜査
「血の文字」(黒岩涙香)
(「黒岩涙香探偵小説選Ⅱ」)論創社
「余」が隣室の目科に
付き従って向かったのは、
殺人の現場だった。
そこには財産持ちの老人が
何者かに刺し殺され、
さらに血で書かれた
「MONIS」という
ダイイング・メッセージが。
しかし「余」はそれが左手で
書かれていることを発見し…。
明治の翻案スター・黒岩涙香の
翻案探偵小説です。
例によって
舞台がフランスであるにもかかわらず、
登場人物は日本名、
地名は英語読み、
文章は文語体。
現代の感覚で読むと謎解き以前に、
このちぐはぐな感覚に
参ってしまいがちなのですが、
じっくり読み込むと
不思議な面白さを実感できます。
〔主要登場人物〕
「余」
…語り手。二十三歳の医学生。
アパート隣室の青年とともに
殺人事件の解明に乗り出す。
目科
…「余」の隣室に住む探偵。
殺人事件の謎を解明する。
目科夫人
…目科の妻。自らも推理を展開する。
梅五郎
…殺害された老人。
藻西太郎
…殺害された老人の甥。
容疑者として捕縛され、自供する。
藻西倉子
…太郎の妻。
美人であるが、浪費癖あり。
プラト
…藻西家の飼い犬。
予審判事
…予審判事。事件の捜査にあたる。
警察長
…所轄署長。
本作品の味わいどころ①
探偵は三人のトロイカ体制!
コナン・ドイルの
シャーロック・ホームズ以来、
探偵小説といえば
探偵と相棒の組み合わせ、
しかも相棒が語り手という役割が
スタンダードとなりました。
本作品も語り手「余」と探偵・目科の
タッグが結成されるのですが、
ホームズとワトソンの役割分担とは
ひと味違います。
なんとワトソン役であるはずの
語り手「余」も推理するのです。
ダイイング・メッセージの血文字が、
左手で書かれていることを発見し、
それが被害者ではなく、
捜査攪乱のために
加害者によって書かれたであろうことを
提言するのです。
しかも容疑者の妻への
聞き取り調査でも、
夫婦以外になつくことのない
飼い犬プラトの事件当時の動向を
指摘するなど、
探偵・目科以上の推理と機転を
はたらかせるのです。
それだけではありません。
「余」が目科の自室に招かれた際、
その妻・目科夫人も議論に参加、
自らの推理仮説を
二人に披露していくのです。
それが素人の
当てずっぽうなどではなく、
いたって論理的なのですから驚きです。
つまり探偵役は
目科、「余」、目科夫人と、
三人の共同作業となるのです。
この、探偵小説初の
トロイカ体制による事件捜査こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
太郎と倉子のどちらが犯人?
ダイイング・メッセージの
「MONIS」は、被害者の甥・藻西太郎を
指すのは間違いないとして、
警察はすぐさま彼を捕縛するのです。
「余」がその血文字の信憑性に
疑問を呈したにもかかわらず、
直感的に逮捕に踏み切る警察。
今となっては考えられませんが、
150年前の世界です。
仕方ありません。
ところが逮捕された太郎は
罪を認めてしまうのですから、
探偵の出番となるのです。
太郎は誰かをかばっているのは
見え見えです。
しかしかばうとすれば
妻の倉子以外にあり得ません。
しかしその倉子も亭主思いの貞淑な妻。
しかも事件当日の
アリバイも確かであり、
警察の捜査も探偵チームの推理も
読み手の犯人捜しも
暗礁に乗り上げてしまうのです。
そのほかに疑わしい人物は
登場していない、いや、
名前を与えられた人物は
藻西夫妻以外は
被害者の梅五郎だけなのです。
では太郎と倉子のどちらが犯人?
まったく進展しない謎解きに
やきもきすることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
手がかりなしのまま最終回へ
本作品は第十回までの
連載の形をとっています。
しかし第九回が終わった段階で、
まったく推理の手がかりなしなのです。
最終回でいったいどのように
事件を収拾していくのか?
謎解きよりもそちらの方が
気になってしまうくらいです。
結末はぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
後出しじゃんけん的な
要素はあるものの、
探偵小説の黎明期です。
古典作品だと思って
素直に味わうべきでしょう。
この、手がかりなしのまま突入する
最終回のスリリングこそ、
本作品の最後の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
フランスの探偵小説作家・ガボリオの
作品「バチニョルの小男」が
原作となっている本作品、
意図的改編が多い涙香にあって、
かなり忠実に翻訳されていると
いうことが判明しています。
文語体講談調の涙香の文章から、
ガボリオの逸品を読み取っていくのが
さらなる味わい方になるのでしょう。
古典的探偵小説を、
ぜひご賞味ください。
(2026.1.16)
〔追記〕
作品の最後に、
「(以上、後の探偵吏
カシミル・ゴヲドシル記す)」と
あります。
「余」の名前だけ、
翻訳されていないのはなぜか?
新たな「謎」です。
〔「黒岩涙香探偵小説選Ⅱ」〕
幽霊
紳士の行ゑ
血の文字
父知らず
田舎医者
女探偵
帽子の痕
間違ひ
無実と無実
秘密の手帳
探偵談と疑獄譚と感動小説には
判然たる区別あり
探偵譚について
〔「黒岩涙香探偵小説選Ⅰ」〕
無惨
涙香集
涙香集序
金剛石の指輪
恐ろしき五分間
婚姻
紳士三人
電気
生命保険
探偵
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