「境遇」(湊かなえ)

ミステリを超えて愛情物語へと昇華していく

「境遇」(湊かなえ)双葉文庫

生まれてすぐ親に
捨てられたという
「境遇」を持つ二人、
陽子と晴美は親友どうしとして
家族以上の
つながりを持っていた。
ある日、陽子の五歳になる息子が
誘拐される。
犯人の要求は、
「セケンニ シンジツヲ
コウヒョウシロ」だった…。

近年は小説世界でも現実世界でも
ほとんど見かけなくなった「誘拐事件」。
本作品はその「誘拐事件」を扱った
ミステリですが、
身代金目的ではありません。
「シンジツ」の公表が
犯人の要求なのです。
すでに刊行から十五年が経過した、
湊かなえの作品です。

〔主要登場人物〕
高倉陽子

…絵本作家としてデビューした主婦。
 旧姓・里田。
高倉正紀
…陽子の夫。県議会議員。
高倉裕太
…正紀・陽子の子。五歳。誘拐される。
高倉弘子
…正紀の母親。
後藤良隆
…正紀の後援会長。
後藤道代
…陽子の絵本を勝手に絵本大賞に
 応募した。後援会長の妻。
後藤亜紀
…正紀の秘書。後援会長の娘。
岩崎
…後援会の一人。正義感が強い。
 陽子を助けて調査を行う。
橋本弥生
…絵本の読み聞かせの
 ボランティアをしている女性。
高松秀夫
…三十六年前の「樅の木町殺人事件」の
 被害者。
高松佐知子
…秀夫の妻。事件の三ヶ月後、
 精神不安定の末に自死。
下田俊幸
…「樅の木町殺人事件」の加害者。
 獄中死。
下田弥生
…俊幸の妻。生死不明。
樫原多恵子
…陽子が引き取られていた
 「ゆうあい園」の元園長。
吉井友和
…私立大学の准教授。
 晴美と不倫している。

〔本作品の構成〕
第一部 あおいリボンはおかあさん
第二部
 ムスコヲブジカエシテホシケレバ
第三部 樅の木町殺人事件
第四部 真実の公表
それから
絵本「あおぞらリボン」

本作品の味わいどころ①
「シンジツ」とは「不正」のことか!?

「シンジツ」とは何を指し示すのか?
それを陽子に考えさせることが
犯人の目的の一つであるとともに、
読み手に対する
作者の挑戦でもあるのです。
事件ははじめ、陽子の夫・正紀の、
県会議員選挙に絡む不正を軸に
展開していきます。

選挙に絡む不正については、
かつて誰かがそれを告発、
証拠不十分で不起訴となったのですが、
それが
蒸し返されようとしているのです。
正紀は出張中で
連絡を十分にとることのできない
状態の中での誘拐事件。
警察にも相談できず、陽子は
苦しい状況に追い込まれるのです。

義母とは折り合いが悪く、
さらには選挙の経理一切は
後援会長が握っていて
陽子はまったく
知らされていないのです。
しかもその娘・亜紀は、
正紀との結婚を周囲から言われるままに
信じていたため、
陽子に対しては
敵意を持っているのです。
唯一、岩崎が
協力してくれるのですが…、
どうやらこの男が不正を告発した
疑いが浮上してくるのです。
「シンジツ」とは「不正」のことなのか?
孤立無援の戦いを強いられる
陽子の葛藤こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
「シンジツ」とは「境遇」のことか!?

その陽子が頼ることができたのが、
親友である晴美なのです。
陽子と晴美はかつて孤児院で
生活していたという
共通した「境遇」を持っているのです。

本作品、
本編となる第一部から第四部は、
「陽子」と「晴美」の二つの章からなり、
それぞれの一人称で
事件が綴られていくのです。
犯人と周囲の人間から翻弄されながら
息子の救出のために「真実」の手がかりを
つかもうとする陽子と、
陽子をサポートし、
新聞記者としての調査力をもとに
事件の奥底を探ろうとする晴美の、
二つの視点が
読み手に与えられるのです。

その中で、
「シンジツ」とは夫の選挙不正ではなく、
絵本作家として
脚光を浴びるようになった
陽子自身の過去の「境遇」である可能性が
高まってくるのです。
陽子はもしかしたら
殺人犯の娘かもしれない。
それを公表させようとする
犯人の意図は何か?
そこにどのような
秘密が隠されているのか?
自らの出自と向き合い、
我が子救出のために
すべてをなげうつ覚悟を決める
陽子の姿こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
愛情物語へと昇華していく筋書き

やはり結末は鮮やかです。
犯人はまったく予想外の人物であり、
読み手は作者・湊の罠に
まんまとかかっていたことに
気づかされるのです。
しかも幼児誘拐という
残酷な事件を設定しながら、
すべては丸く収まります。
本作品は「いやミス」ではありません。
ある意味、ミステリですらなく、
爽やかな結末をむかえるのです。
詳しく語ることはできません。
ぜひ読んで確かめていただきたいと
思います。
この、ミステリを超えて
愛情物語へと昇華していく筋書きこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

ファンの方ならとうの昔に読んでいる
作品かと思いますが、
古典ミステリ好きの私は
まだまだ湊かなえ初心者。
一つ一つじっくり味わっていきたいと
思います。
未読の方はぜひご賞味ください。

(2026.2.2)

〔関連記事:湊かなえの作品〕

「Nのために」
「夜行観覧車」
「告白」

〔湊かなえの本はいかがですか〕

Dorothe WoutersによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「ピアニッシシモ」
「太陽の塔」
「家族シアター」

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA