「こちらニッポン…」(小松左京)

これから到来する危機を早送りしたその筋書き

「こちらニッポン…(上)(下)」
(小松左京)角川文庫

自分以外の人間がすべて
短時間のうちに突然消失する。
不可思議な事態に
巻き込まれた福井は
茫然自失のまま一日を過ごす。
浅い眠りの中で聞こえてきた
電話のベル。
彼は急いで受話器を取った。
消え残った人間が
もう一人いたのだ…。

小松左京の長篇SF作品といえば
「日本沈没」がもっとも有名であり、
二度の映画化を果たしています。
次はやはり映画化された
「首都消失」と
「さよならジュピター」でしょうか。
でも本作こそが私にとっては
小松左京ナンバー1作品です。
「こちらニッポン…」。
四十数年ぶりに再読しました。

〔主要登場人物〕
福井浩介

…大阪で消え残った男性。三十七歳。
須藤啓子
…東京で消え残り、
 福井と巡り会った女性。
伊沢
…名古屋の消え残り。六十八歳。
有岡
…貨物船内の消え残り。四十七、八歳。
真崎清吉
…大阪の消え残り。
玉木
…東京の消え残りの男性。
 啓子に色目を使う。
鷲見洋子
…名古屋の消え残り。三十五、六歳。
 東海地震で大怪我をする。
鈴木克子
…名古屋の消え残り。四歳。
 鷲見洋子に助け出される。
大内まつ
…埼玉の消え残り。新興宗教家。
 四十五、六歳。
加茂
…東京の消え残りの老人男性。
 大内まつといがみ合う。
青田
…東京の消え残り女性。
 インテリの主婦。三十五、六歳。
杉野
…東京の消え残り。二十歳前後の青年。
池田宇部西村君島
…東京の消え残り男性。
竹田荘太郞
…北海道の消え残り。
 ラジオ局のアナウンサー。
大井誠
…北海道の消え残り。高校三年生。
小倉ふく
…京都の消え残り。七十歳。
中川よし子
…青森の消え残り。
 途中で連絡不通になる。
小松左京
…SF作家。姿は見せない。
 奇妙な種類の小説を書いている。

本作品の味わいどころ①
どうなる日本、人口わずか数十人

私が若い頃は、
バミューダ・トライアングルなど、
人間消失のミスリアスが
話題となったものです。
しかしその多くはわずかな人間が
消失したというものでした。
本作品は違います。
全世界のほとんどの人間が消失し、
ごく一部のわずかな人間が消え残った
世界という、とんでもない設定です。

この逆転の発想こそ、
SF作家の想像力のなせる技です。
無人島に取り残された状況とも異なる、
未知の困難が待ち受けているのです。
当時日本の人口は一億一千万。
それが突如として十数名に減少したとき
何が起こるのか。
周囲の人間が
すべて消え去ることによって、
私たちの日常はどう激変するのか。
これこそがSFの醍醐味です。
人口わずか数十人の日本は、
いったいどこに漂着していくのか、
それこそが本作品の
第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
消え残った人間たちのサバイバル

世の中の人間が皆いなくなれば、
すべてのものが自分のもの。
お店から何でも好きなものを
持ってこられる。などという、
のんきな世界ではないのです。
自動制御されていたインフラも
次第に停止し、電力の供給がなくなり、
食材も次第に腐敗していく。
浄化設備が機能せず、
水道水もそのままでは使えない。
いたるところで発生する火災も、
なすすべがない。
医療設備はあっても医師がいないため、
怪我や病気が
そのまま命の危険に直結する。
すべてがサバイバルなのです。

しかし登場人物たちは悲観せず、
前を向いてその状況を打破しようと
もがき続けるのです。
そこに人間的なドラマが
展開していきます。
消え残った人間たちのサバイバル、
それこそが本作品の
第二の味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ③
これから起こりうることの早送り

優れたSF作品は未来を予見している。
誰かが言った言葉です。
本作品にもそれが当てはまります。
えっ、近い将来、
人間の大量消失が起こるのか?
そんなことが起こるはずはありません。
しかしそれは一気に起きるのではなく、
すでにじわじわと進行しているのです。

現在私たちの日常で起きている
人口減少。
全国の小中学校で教員が不足し、
大混乱を来しています。
保育士・看護師・介護士の不足も
深刻化しています。
地方では医師不足も顕在化し、
地元に産婦人科のない地域も
現れてきています。
建設業界には資材以上に
人材不足のために事業の進行が
滞っている事例が見られます。
これから長期にわたって
人口減少がもたらす社会の大混乱を、
本作品は早送り再生して
提示しているのです。
「血液やリンパ液に相当する人々が、
 突然消え失せてしまった今、
 都市はあちこちから、
 次第に「壊死」しはじめていた…」。
本作品の一節は、そのまま
これからの日本社会に当てはまる
言葉ではないかと思うのです。
この、少子化日本にこれから到来する
危機を先取りしたその筋書きこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

本作品の発表は1976年。
高度経済成長期を過ぎ、
日本社会が繁栄の頂点を
極めていた時期と重なります。
人々がその繁栄に酔いしれていたとき、
「社会の構成要素たる人間が
突如消え去った場合」を
シミュレーションし、
その下り坂の向こうを直視した
小松左京の眼力には、
恐ろしささえ感じます。

SFがはやらなくなり、
本作品も絶版状態が続いています。
電子書籍もしくは古書を探して
ぜひご賞味ください。

今日のまとめ

(2026.4.3)

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