「野の少女」(島木健作)

昭和十年代の外側に立つ女性・原田玉枝

「野の少女」(島木健作)
(「赤蛙」)新潮文庫

政治家・池尻家の女中・
原田玉枝は、
家人たちのわがままな振舞いや
無理難題の中で、
それに負けずに生きてきた。
しかしもう一人の女中なかまの
カズエに対する彼らの仕打ちには
我慢ができず、
長男をなぐりとばし、
家を出てしまう…。

島木健作
「野の少女」という作品を読みました。
島木健作の作品では、
「黒猫」「赤蛙」「むかで」「ジガ蜂」といった
いわゆる「動物シリーズ」が
有名なのですが、この「野の少女」は、
あまり注目されることのない
作品といえます。
しかし「動物」四篇よりも
ボリュームのある
中篇規模の作品であり、
無視できないものと考えます。
味わいどころはずばり、
主人公・玉枝の人間像です。

〔主要登場人物〕
原田玉枝

…上京し、池尻家の女中として働く。
 十九歳。のちに旋盤工となる。
原田直助
…玉枝の父。機械工。故人。
秋庭光吉
…直助の友人。鎌倉在住。
 玉枝を受け入れる。
秋庭ユキ
…光吉の妻。
 玉枝に家事を手伝ってもらう。

…光吉の親戚の子。小学五年生。

…剛の弟。小学三年生。
 二人とも玉枝になつく。
池尻太一
…玉枝が女中として住み込んだ家の
 主人。政治家。大地主。
池尻嘉名子
…太一の妻。
 プライドが高く見栄っ張り。
池尻美那子
…池尻家長女。わがままで気が強い。
池尻正利
…池尻家長男。わがままで意地が悪い。
池尻瑠璃子
…池尻家次女。
瀧本
…美那子・正利の家庭教師。厳しい。
かね
…池尻家の女中頭。威張っている。
カズエ
…池尻家の女中。十七歳。
 常におどおどしている。
 東北生まれで読書好き。

本作品の味わいどころ①
自分の生き方を自分で決める自立性

昭和十年代の女性文学では、
恋愛はしばしば女性の人生の
中心に置かれました。
しかし本作品には主人公・原田玉枝が
男性に惹かれる場面は描かれません。
のちに彼女は女性工員(旋盤工)の
道を志すことを考えると、
単に作者がそうした場面を
描かなかっただけでなく、
一人の社会人として自立しようとする
彼女の生き方が見えてくるのです。

女性工員は
昭和十年代に増加しましたが、
その多くは家計補助であったり、
家族の事情であったり、
国家的な
動員政策によるものであったりと、
「外的要因」によるものが
ほとんどだったはずです。
しかし玉枝の場合には、
「自分の生き方を切り拓くために
旋盤工という生き方を選ぶ」という
能動性を強く感じます
(終末の一節に特にそれが現れている)。
これは当時の女性労働の一般像とは
明確に異なります。
さらに言えば、工場労働を
自分の人生の一部として引き受け、
そこに主体的な意味を
見出そうとする姿勢は、
単に文学上の登場人物としての
在り方を超えて、
昭和十年代の女性像として
きわめて珍しいものであると考えます。

おそらく彼女は
「恋愛に依存しないであろうこと」、
「男性との関係を
人生の軸にしないであろうこと」、
「自分の価値を男性の評価に
求めないであろうこと」などが、
最後の文末以降の空白から
読み取れるのです。
戦時下の「良妻賢母」的価値観とも
近代文学の「恋愛中心主義」とも
距離を置く、玉枝の主体性の強さが
明確に現れている人物像こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
家族にも男性にも頼らない独立志向

昭和十年代の女性は、
「家族の中に位置づけられる存在」として
描かれることが多く、
家族からの独立はほとんど
想定されていなかったはずです。
ところが玉枝は、
「自分の人生の方向性を自分で決める」、
「家族の庇護を
当然のものとしない」という点で、
当時の女性像から
大きく逸脱しています。

昭和十年代の女性像は、
国家総動員体制の進行とともに、
「家庭を守る」「男性を支える」
「従順である」ことが
美徳とされていたはずです。
しかし作品に描かれている部分を
読む限り、
玉枝はそのどれもに当てはまりません。
彼女は太平洋戦争前に
女性工員となるのですが、
それは「銃後の女性」としての生き方とは
異なったものであったことが
考えられます。

単に「自立心が強い」というだけでなく、
当時の国家的イデオロギーに対して、
静かに距離を置く態度として
見ることもできそうです。
こうした玉枝の強い独立志向をもつ
人物像こそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ③
自分の感情を自ら処理する強い精神

昭和十年代の女性像では、
「感情は家族や恋人に委ねる」、
「誰かに慰められる」、
「誰かに導かれる」といった描写が
一般的であると感じます
(本作品でもカズエは
そうした描かれ方をしている)。
しかし玉枝は、
自分の感情を自分で引き受け、処理し、
前に進むという、
精神的な自立を見せているのです。
池尻家での一連の描写は、
まさにそうした強い精神力が
彼女を突き動かしている
場面の連続となるのです。
戦時下の女性象としては珍しい、
強靱な精神力の持ち主としての
人物像こそ、本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。

こうして見ると、
玉枝は「昭和十年代の女性像」から
大きく逸脱した、
きわめて現代的な女性像として
描かれていることがわかります。
現代であれば「当然」のこととして
認められた生き方ではあるのですが、
昭和十年代という時代を考えたとき、
その「女性像」は特異点に
存在するといっていいはずです。
そしてその「女性像」は、
昭和文学史の観点のみならず、
日本のジェンダー史においても
「時代の制約を超えた造形」として、
もっともっと注目されていいはずです。
島木健作の先見性に
驚かされるばかりです。

巻末解説において
文芸評論家の中村光夫は、
本書収録作品のうち
「動物四篇」以外について、
「作品として決して出来の
 よいものといえないだけでなく、
 我国の短編小説の水準から見て、
 コンマ以下」

厳しい評価を下しています。
本書の第一刷が刊行された
昭和24年段階では、
島木の女性造形の先見性に、
高名な評論家さえも
気づいていなかったのです。

島木健作は、令和の現代にこそ
読まれるべき作家なのかもしれません。
「昭和十年代の外側に立つ女性」
原田玉枝の女性像を、
ぜひご賞味ください。

(2026.4.20)

〔「赤蛙」新潮文庫〕
背に負うた子
蒲団

野の少女
黒猫
赤蛙
むかで
ジガ蜂
 解説 中村光夫

〔島木健作の本はいかがですか〕

〔青空文庫:島木健作作品〕
赤蛙
一過程
黒猫
ジガ蜂
生活の探求
続生活の探求
第一義の道
鰊漁場
東旭川村にて
盲目

黎明
忘れえぬ風景

Yves BernardiによるPixabayからの画像

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