「みずうみ/三色すみれ/人形使いのポーレ」(シュトルム)

まるで古い銀塩写真を見ているような

「みずうみ/三色すみれ/
  人形使いのポーレ」(シュトルム)
 光文社古典新訳文庫

フーズムという
北海沿岸の小都市で、
名士の家に生まれた
シュトルムは、最終的には
自らも郷土で人望を得て、
知名度の高い作家として
生涯を終えている。
シュトルムは幼いころから
詩を書く少年だったらしい。
わずか六歳で詩を…。
(松永美穂「解説」より)

光文社古典新訳文庫から出版されている
シュトルムの作品集です。
これら三作品は、すべて
大きな事件が起きるわけではなく、
起伏の少ない展開の中でしみじみとした
情緒を描き出しています。
シュトルムの作風が
実によく現れている三作品なのです。

〔「みずうみ/三色すみれ/
    人形使いのポーレ」〕

みずうみ
三色すみれ
人形使いのポーレ

「みずうみ」
ラインハルトは五歳年下の
幼馴染みの少女・エリーザベトに
恋心を抱き、彼女を詩に歌う。
成長し、植物研究への道を選び、
学業に打ち込むラインハルト。
ある日、彼はエリーザベトが
資産家の息子・エーリヒと
結婚したことを知らされ…。

「みずうみ」

〔「みずうみ」味わいどころ〕

自分の気持ちを静かに表すラインハルト

決して裏切ったのではないエリーザベト

脳天気で人の良さが裏目に出たエーリヒ

本書の味わいどころ①
緻密な「心の風景」の描写

三作品に共通するのは、
大仰なドラマや派手な事件が
起きる筋書きではなく、
登場人物の内面的な「心の揺れ動き」を
丁寧に描き出している点です。
「三色すみれ」では、継母と継子の間の
ありがちなドラマではなく、
二人の繊細な心理状態そのものが
描き尽くされています。
「人形使いのポーレ」も
日常の延長線上にある物語として
綴られています。
読み手は、激しい展開よりも
静かに描かれる「心の風景」を
じっくりと味わうことのできる
文学となっているのです。

シュトルムは十九世紀ドイツの
「詩的リアリズム」を代表する作家です。
この時代の文学は、現実を
ありのままに写し取るだけでなく、
そこに「詩的な美しさ」や
「主観的な感情」を融合させるのが
特徴です。
中でもシュトルムは、
戦争や大事件ではなく、
「家族の絆」「報われない恋」
「故郷の風景」といった身近な題材を、
透き通るような美しい文体で描出した
作家です。
大きな事件が起きない代わりに、
登場人物の心のひだや、
言葉にできない微妙なニュアンスが
物語を静かに動かしていくのです。

「三色すみれ」
イネスは夫ルドルフとともに
屋敷に入るが、
前妻の子ネージーは彼女に
なかなか馴染まなかった。
彼女はネージーだけでなく、
前妻の肖像画や
鍵のかけられた庭園など、
屋敷の一つ一つに
不安を感じてしまう。
彼女はやがて身ごもり…。

「三色すみれ」

〔「三色すみれ」味わいどころ〕
①若妻イネスの揺れ乱れる心理
②幼いネージーの豊かな感受性
③あえて事件の起きない筋書き

本書の味わいどころ②
薄味で上質な文学的妙味

シュトルムの作品は、
例えるなら「上品な出汁を使った
和食のような味わい」といえるでしょう。
筋書きに大きな変化がないため、
慣れない方には「薄味」と
感じられるかもしれませんが、
それこそが文学作品としての
「上質な味」なのです。
派手なスパイス(刺激的な展開)に頼らず
日常の機微や精神の動きを
鮮明に描き出す手法は、
代表作「みずうみ」、
そして他の二作品にも共通して見られる
シュトルム特有の魅力です。

「人形使いのポーレ」
旅回りの人形芝居を観た
「わたし」は、夢に
人形カスペルルが現れるほどに
魅了されてしまう。
人形使いの娘・リーザイと
知り合いになった「わたし」は、
舞台小屋を覗き見ることに
成功するが、そこで
カスペルルの人形を
壊してしまい…。

「人形使いのポーレ」

〔「人形使いのポーレ」味わいどころ〕
①幼い日の「わたし」の冒険と初恋と別れ
②テンドラー父娘との偶然で素敵な再会
③シュトルムには数少ない幸福な筋書き

本書の味わいどころ③
静かに進む穏やかな時間

どの作品も、
読者の心を落ち着かせるような
「穏やかな時間」や
「しみじみとした語り口」に
包まれています。
「人形使いのポーレ」では
幼い日の冒険や初恋、別れが
情緒豊かに語られ、
「三色すみれ」もまた
人間本来の心の動きを隅々まで
緻密に追っています。
シュトルム作品特有の「やるせなさ」を
感じさせるものもありますが、
共通して流れる
静謐で奥行きのある雰囲気こそが、
一冊を通して楽しめる
最大の醍醐味と言えるのです。

「みずうみ」に象徴されるように、
シュトルムの作品の多くは
「過去を振り返る」という
形式をとります。
若い日の美しくも切ない思い出が、
現在の視点から
「取り返しのつかないもの」として
語られていくのです。
それは不幸を嘆くのでもなく、
運命に抗おうとするのでもなく、
失ったものを静かに受け入れ、
それを心の中で慈しむ。
この「諦念」が生み出す
しっとりとした情緒が、
読み手に
深い余韻を与えてくれるのです。

読み終えたあとには、
まるで古い銀塩写真を見ているような、
セピア色の情景が心に残っていきます。
それがシュトルム作品を読む
醍醐味なのです。
ぜひご賞味ください。

(2026.4.22)

〔関連記事:シュトルムの作品〕

「広場のほとり」

〔シュトルムの本はいかがですか〕

かつて岩波文庫から
いくつか出版されていましたが、
現在絶版中です。
古書をあたれば以下のようなものが
見つかるはずです。
「聖ユルゲンにて・
  後見人カルステン 他一篇」
「美しき誘い 他一篇」
「白馬の騎手 他一篇」
「三色菫・溺死」

Sookyung AnによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「トニオ・クレエゲル」
「アウグスツス」
「神様、お慈悲を!」

【こんな本はいかがですか】

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