
「密室殺人」と「首なし死体」の二大王道トリック
「秘密の庭」
(チェスタトン/中村保男訳)
(「ブラウン神父の童心」)創元推理文庫
ヴァランタン家のパーティーの
最中、正体不明の
男の死体が発見される。
それは首と胴が切り離された
酷たらしいものだった。
しかし出入りできる門は
ただ一つであり、
それも執事が常に監視していた。
男はどうやって侵入したのか…。
ギルバート・ケイス・チェスタトンによる
ブラウン神父シリーズの第二作です。
第一作の「青い十字架」は
コミカルな雰囲気のまま、
本気なのか冗談なのかわからない展開が
絶妙だったのですが、
本作は冗談抜きの
本格探偵小説となっています。
それも「密室殺人」と「首なし死体」の
二大王道トリックです。
〔主要登場人物〕
アリスティード・ヴァランタン
…パーティーの主催者。
パリ警視庁の警視総監。
イヴァン
…ヴァランタイン家の使用人。
門を監視していた。
ギャロウェイ卿
…招待客。英国大使で気難しい老人。
ギャロウェイ夫人
…招待客。英国大使の妻。
マーガレット・グレアム
…招待客。ギャロウェイ夫人の娘。
シモン博士
…招待客。科学者。
ネイル・オブライエン
…招待客。フランス外人部隊司令官。
マーガレットに求婚したが断られる。
ジュリアス・K・ブレイン
…招待客。億万長者。
事件直前から姿が見えなくなる。
アーノルド・ベッカー
…放浪中のならず者。
ルイス・ベッカー
…アーノルドの双子。事件の前日、
ギロチンで斬首刑に処せられた。
ブラウン神父
…イギリス・サセックス教区の
カトリック神父。アマチュア探偵。
丸顔で眼鏡を掛け、短躯。
本作品の味わいどころ①
殺された男はどうやって侵入した?
本作品発表は1910年。
この時点では、「密室殺人」はすでに
「不可能犯罪」としての形式を
確立していましたが、まだ
「黄金時代」(1920〜30年代)のような
複雑怪奇なパズルには
至っていませんでした。
「密室殺人」の起源は
探偵小説のそれと同一であり、
ポーの「モルグ街の殺人」(1841年)まで
遡ります。
その後、イズレイル・ザングウィルの
「ビッグ・ボウの殺人」(1891年)で、
「内側から完全に
密閉された部屋での殺人」という
ロジックがつくりあげられ、
さらにはガストン・ルルーによる
密室の金字塔
「黄色い部屋の謎」(1907年)で、
「密室トリック」は
一つの完成を見ることになるのです。
以降、「密室」はあの手この手で、
新作が登場し始めます。
それらは「物理的な仕掛け
(隠し扉・細い針など)」で
解かれることが一般的だったのです。
本作品は物理的な密室ではありません。
現場は「庭」ですから。
しかし「高い塀に囲まれ、
出入り口はただ一つ、
それも監視人がついている」という
「状況的密室」を編み出し、
「密室殺人」の
新ヴァージョンとしたのです。
これは当時の物理パズル的な
「密室」事情に鑑みると、
きわめて画期的といえます。
殺害された男は
どうやって邸内に侵入したのか?
そして容疑者と目されるブレインは、
どうやって邸外へ逃亡したのか?
その問いに対するブラウン神父の解答が
絶妙です。
「正しくは入りこまなかったと言える」
「完全には出なかったと言える」。
謎かけを持って
謎解きをしているような、
ここでも人を食ったブラウン神父。
この「密室殺人」トリックの変奏こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
切断された首が二つ、その理由は?
本作品のもう一つの特徴の
「首なし死体」。
ミステリにおける
「首なし死体」の役割は、
「猟奇色の創出」以上に、
「死体の身元の粉飾」が重要となります。
本作品において、
発見された正体不明の男の死体は
首と胴体が切断された
「首と胴の分離死体」なのですが、
その後に発見された死体は
「首だけ死体」なのです。
まったくの「首なし死体」では
ないのですが、
そのトリックの意味するところは
現代においても画期的といえます。
そもそも「死体の身元を隠すために
首を切断する」という着想は、
この時代、
まだ珍しいものだったようです。
ドイルのホームズ・シリーズ
「段ボール箱」(1893年)で、
切断された耳が登場するなどの
凄惨な描写はありましたが、
「トリックとして首を隠す」という概念は
未発達だったはずです。
本作品は「死体の数を誤認させる」
「死体のアイデンティティを入れ替える」
という本格ミステリ的なロジックに
直結しています。
この嚆矢としての
「首なし死体」トリックのこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
最後は衝撃的な幕切れ、真犯人は?
では「密室殺人」と「首なし死体」の
二つのトリックを解き明かしたときに
現れた犯人像は…。
きわめて衝撃的です。
当然のことながら、
これだけはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
この意外な真犯人による
意外な真相こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
なお本作品は、
第一作「青い十字架」を読んだ後に
味わうべき作品です。
「青い十字架」→「秘密の庭」の順序を
厳守しないと、
その面白さは半減します。
本書「ブラウン神父の童心」を、
最初から味わいましょう。
(2026.5.1)
〔「ブラウン神父の童心」チェスタトン〕
青い十字架
秘密の庭
奇妙な足音
飛ぶ星
見えない男
イズレイル・ガウの誉れ
狂った形
サラディン公の罪
神の鉄槌
アポロの眼
折れた剣
三つの兇器
解説 戸川安宣


〔チェスタトン「ブラウン神父」〕
ブラウン神父シリーズは本書
「ブラウン神父の童心」を第一作とし、
以下4冊が刊行されています。

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