「強いられた変身」(眉村卓)

「変化を受け入れる」にせよ「変化を拒む」にせよ

「強いられた変身」(眉村卓)角川文庫

「長い夢」
クラの任務は、
「三名一組の宇宙飛行士の
乗務体制を
人間二名+ロボット一台へと
変更する案件」に反対する
飛行士たちの心理調査だった。
宇宙船に乗り込んだ彼は、
かつて予備訓練所で同級だった
キシと再開する。
航行が開始されるが…。

〔「長い夢」主要登場人物〕
クラ

…地球連邦調査官。宇宙飛行士への
 夢を断念した過去がある。
キシ
…クラの予備訓練所時代の同級生。

眉村卓のSF短篇作品集です。
七篇とも雑誌「野性時代」に
昭和53年~55年にかけて
掲載されたものです。
連作短篇集ではありませんが、
同一雑誌上で短期間に発表され、
それぞれの作品名以外の表題が
附されているところを見ると、
共通したテーマがありそうです。

「気楽なところ」
突如襲った大地震。
ビジネスホテルの最上階に
宿泊していた幹也は、
見えない「はしご」にしがみつき、
崩壊したホテルから
謎の異空間へと脱出する。
そこには同じように異空間に
迷い込んでしまった人々が
生活していた。
しかしそこでは…。

〔「気楽なところ」主要登場人物〕
古橋幹也

…ビジネスマンの青年。出張で訪れた
 K市のビジネスホテルで
 大地震に遭遇し異空間へ逃れる。
安井
…異空間で生活する中年のはぐれ者。
 幹也の面倒を見る。
タケオ
…異空間で生活する小集団のリーダー。
 暴力的。

本書の味わいどころ①
否応なく変化を強要される人間

表題「強いられた変身」が示すとおり、
七篇すべてに共通しているのは、
主人公が何らかの「変化」を
強制的に求められている状況でしょう。
「長い夢」のクラは、
自分のこれまで築いてきた価値観が
根底から揺さぶられて
愕然としています。
「気楽なところ」の幹也もまた、
異世界に迷い込み、
殺人さえいとわない現実に
順応しようとします。
「セリョーナ」の加賀は、
異星人の精神がかつて自分の肉体に
入りこんだかもしれないという事実と
向き合わざるを得なくなります。
「古い録感」の「年配の男」は、
記録された「小説家」の感覚と、
同僚である「若い男」の考え方が
まったく異なり、
自身がそのどちらにもなり得ないことに
困惑しているのです。

「セリョーナ」
会社営業次長・加賀は
頭を打って以降、
不思議な夢を見る。それは
自分が敵に殲滅されかかった
異星人の司令官であり、
セリョーナの未来のために
最後の戦いを
しているというものだった。
彼を診療した医師は
衝撃的な結果を伝える…。 

〔「セリョーナ」主要登場人物〕
加賀丈助

…会社営業次長。
 頭を打って以降、不思議な夢を見る。
橋本
…加賀の同僚。
 一緒に酒を飲んでいた際、
 加賀が頭を打って失神した。
長井
…加賀の部下。
米山
…加賀の同窓生の精神科医。
 加賀を診察する。

ただし最後の三篇がやや異質です。
「代わってくれ」の「ぼく」は、
時代の変化とともに知らぬ間に
「変わってしまった自分」、そして
「自身の変化に気づかぬ自分」が
描かれています。
それとは逆に「真面目族」の吉岡は、
周囲の変化に合わせて
「変わることのできない自身」に
戸惑いを隠せないでいます。
最終作「オレンジの旗」の相川は、
「自ら強制的に代わろう」として
もがいています。
七作とも外見の「変身」ではなく、
精神的な「変化」が
テーマとなっているのです。

「古い録感」
商品化できそうな
古い「録感テープ」を探している
「年配の男」。
「若い男」が候補として
持ち出したのは、
かつての「小説家」の作品だった。
それを再生すると「年配の男」は
戦争直後の風景に包まれる。
「小説家」の想念は、
若い頃の悔恨の…。 

〔「古い録感」主要登場人物〕
「年配の男」

…商品化できそうな古い録感テープを
 探す商品開発部の責任者。
「若い男」
…「年配の男」の部下。よくわからない
 録感テープを掘り出す。
「私」
…録感テープの作品の語り手。小説家。
D
…「私」の友人。
 当時、家が傾きかけていた。
Q
…「私」の友人。
 進駐軍からものをもらっていた。

本書の味わいどころ②
局所的な異変に立ち向かう個人

SFというと、
世界そのものが変転するような
大がかりなものを
イメージしてしまいますが、
本作品群はそうではありません。
きわめて小規模な
「異変」が描かれているのです。
「真面目族」「古い録感」は
舞台が近未来であるだけで、
大きな「異変」はありません。
「代わってくれ」「オレンジの旗」は、
異世界人が登場しますが、
主人公との接触のみで、きわめて
「局所的」な「異変」にすぎないのです。
「セリョーナ」は異星人が身体に
入りこんだという設定があるのですが、
それとても「局所的」であるとともに、
事実かどうか
わからないというものです。
「長い夢」は宇宙が舞台で
ややスケールが大きいのですが、
そこで起きている「異変」は
決して大きなものではありません。
「気楽なところ」だけが
「大地震」と「異世界滑り落ち」の
大きな「異変」が生じているのですが、
受難したのは幹也だけであり、
そういう意味では
こちらも小規模といえます。

「代ってくれ」
仕事に疲れていた
「ぼく」の前に現れた、
顔かたちがまったく同じの
「もう一人のぼく」。
彼はこことよく似た異世界から
来たのだという。
その世界でのエリート・
「生活監視官」の仕事に
耐えられなくなり、「ぼく」に
代わってほしいという…。

〔「代ってくれ」主要登場人物〕
「ぼく」(高田善生)

…語り手。商社の営業マン。
 仕事に満足していない。
「そいつ」
…異世界から来た「もう一人のぼく」。
 エリートである
 生活監視官の仕事をしている。

「仰々しいSF」ではなく、
「薄味のSF」なのです。
「真面目族」などは
SFといえない可能性すらあります。
しかしだからこそそこには
落ち着いた味わいがあるのです。
ジュヴナイルではない、
大人のSF作品として
仕上がっているのです。

「真面目族」
真面目な性格の吉岡が、
それ以上に真面目な先輩・臼田から
誘われて行ったのは
「精神力錬成会」。
そこではより一層
真面目になるための
鍛錬が行われていた。
錬成会での修練を繰り返す
吉岡だったが、
臼田の左遷を目にし、
心が折れる…。

〔「真面目族」主要登場人物〕
吉岡誠

…生真面目な性悪で損をしている
 青年社員。
臼田
…吉岡の先輩社員。
 吉岡を「精神力錬成会」に誘う。

本書の味わいどころ③
経済成長終焉のもたらした不安

なぜ「強いられた変身」なのか?
そこには本作品群が発表された時代が
関係しているはずです。
昭和53年から55年にかけての時期は、
オイルショックで終焉を迎えた
高度経済成長期から
まだまだ時間が浅く、
世の中が変わろうとしているのに
「変われない」日本人が
大勢いた時代です。
いや、日本人は「変われない」まま
昭和を過ごし、平成を通り、
令和にいたったのかもしれません。
作者・眉村卓は、そうした
日本人の在り方に危機感を抱き、
警鐘を鳴らしたのかもしれません。

「オレンジの旗」
ジェットコースター上で
危険な行為を繰り返す
「オレンジマン」。
会社員・相川は、出張のために
乗り込んだ夜行列車内で、
そのオレンジマンであろう
人物と出会う。
彼の行為は自分を
追い込むためのものだという。
彼が抱えた事情とは…。

〔「オレンジの旗」主要登場人物〕
相川哲史

…高所恐怖症の会社員。
 社内でうだつが上がらない。
坪花やくも
…相川と同年配の女性社員。
 押しの強い性格であり、
 営業副部長となっている。
オレンジマン
…刺激の強いジェットコースターに
 乗り込み、危険行為を繰り返す男。
 オレンジの旗を振りかざすために
 そう呼ばれる。
 実は異世界から迷い込んだ男。

そうした視点で眺め直してみると、
前半四作は周囲の変化によって
「強制的に
変化をうながされている人間」、
「代わってくれ」は
「自身が変化したことに気づかぬ人間」、
「真面目族」は
「変わろうとして変われなかった人間」、
「オレンジの旗」は
「変わろうとする人間」の姿を
描出しているのです。
タイプの違った七篇を
並べることによって眉村は、
人間が「変化を受け入れる」にせよ
「変化を拒む」にせよ、
苦難と混乱がさけられないことを
予言しているかのようです。

本作品が書かれた昭和50年代から
半世紀以上がすぎ、
その当時の「未来」に、
すでに突入しています。
世の中はその当時以上のスピードで
めまぐるしく「変化」しています。
私たちは「どう変わるべきか」、
いろいろなことを
教えてくれる一冊です。
絶版となって久しいのですが、
機会があれば
ぜひご一読をお薦めします。

(2026.5.15)

〔関連記事:眉村卓の作品〕
「なぞの転校生」(1967)
「侵された都市」(1967)
「まぼろしのペンフレンド」(1970)
「テスト」(1970)
「時間戦士」(1970)
「さすらいの終幕」(1970)
「ねらわれた学園」(1973)
「0からきた敵」(1973)
「ねじれた町」(1974)
「地獄の才能」(1975)
「閉ざされた時間割」(1977)
「少女」(1977)
「白い不等式」(1978)
「原っぱのリーダー」(1992)

「ショート・ショート 一分間だけ」
「傾いた地平線」
「二十四時間の侵入者」

〔角川文庫・眉村卓作品〕

Willgard KrauseによるPixabayからの画像

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