「ドアのむこうの国へのパスポート」(ドラフト&クロムハウト)

ファンタジーではなく、本作品の重心はリアリズム

「ドアのむこうの国へのパスポート」
(ドラフト&クロムハウト/西村由美訳)
 岩波書店

子どもたちの憧れの作家
ラヴィニアの家には
謎めいた「ドア」があった。
その「ドア」は
特別なパスポートを持った人しか
入れないのだという。
その向こう側には
どんな世界が広がっているのか?
子どもたちは作家からの課題に
取り組む…。

作者がトンケ・ドラフト
メルヘンチックな表題、
そして表紙装丁画の雰囲気、
それらから判断すると、
本作品は間違いなく
「ファンタジー」だろうと
想像するはずです。
私もそう思って購入しました。
途中の展開もそうです。
しかしいつまでたっても
「ドアのむこう」の描写は始まりません。
いい意味で期待を裏切られます。
本作品の重心は完全に
リアリズムに置かれているのです。

〔主要登場人物〕
ラウレンゾー

…マックス・ヴェルジュイス小学校
 四年生。
 友だちにどう話しかけていいか
 わからないでいる子ども。
ロベルトイーゴルテヤ
フランスメーリーイドゥナ
クリスティアンヨリスバルト
…ラウレンゾーの同級生
 (クラスは全部で10名)。
トム・ヴィット
…ラウレンゾーのクラスの担任。
メナウス・ヴィット
…トムの父親。川の渡し守。
ラヴィニア・アケノミョージョ
…トムが読み聞かせをする童話の作家。
イワン・オソロシ
…ラヴィアの飼い猫。

本作品の味わいどころ①
「学び」が十分に保証された学級

読み進めていくと、
描かれている学級の様子に
違和感を感じるはずです。
十人の子どもたち全員が
「一クラスにもっとたくさんの
子どもがいる小学校から、
この小学校に転校してきた」、
主人公ラウレンゾーは前の学校で
「だれとも友だちになれなかった」、
誰かが誰かに発した言葉
「ディスレクシアなんだろ!」、
だまって椅子に座っていることの
できないロベルト、メーリーのセリフ
「この学校は、
ばかとへんな子の学校よ」…。
おそらくは日本における
「特別支援学級」や「通級教室」に近い、
「特別初等教育」(=SBO)と思われます。

感じるのは、担任教師
トム・ヴィットの専門性の高さです。
生徒を力で押さえつけるのではなく、
のびのびと学ばせながら、
かつ学級集団としての秩序づくりも
同時に行っているのです。
他の職員の様子が描かれていないため、
「手厚い」のかどうかは不明ですが、
子どもたちはしっかりと育っています。

トムの読み聞かせに
じっくりと耳を傾ける姿、
物語の作者に
一生懸命に手紙を書こうとする姿、
作者から与えられた「問い」を
自分事として解決しようと
奮闘する姿、等々、
十分に保証された「学び」の環境の中で、
子どもたちの「成長」が
見事なまでに描かれているのです。

本作品の味わいどころ②
繋がっていく十人の子どもたち

その「成長」の中には、
「小さな衝突や行き違いを経験しながら
他者を理解していく姿」も含まれます。
教室内で発言できなかった
ラウレンゾーは大きな声で
意思表示できるようになります。
ラウレンゾーを嫌っていたテヤは、
いつしかそうしたそぶりを
見せなくなります。
思いやりのない発言を
繰り返していたロベルトは次第に
落ち着きを見せるようになります。
子どもたちはお互いを
認め合っているのです。

日本の「特別支援学級」は、
法律上の診断名
(自閉スペクトラム症、情緒障害など)に
基づいて編成されることが多いですが、
この作品で描かれるクラスは
もう少し境界線が緩やかなようです。
つまり、「普通」の枠から
少しはみ出してしまうけれど、
豊かな内面世界を持つ子どもたち、
というような形と思われます。
そのため、担任トムは子どもたちを
「ケアすべき対象」としてではなく、
「異なる視点を持つ個性の集団」として
扱っているのです。
そうした姿勢が、
子どもたちに良い影響を
与えているのだと考えられます。

本作品の味わいどころ③
「自分だけの国」へのパスポート

本作品において「ドアのむこうの国」は、
物理的に存在する場所ではなく、
ラウレンゾーたちの
豊かな想像力や感受性そのものを
指しているものと考えます。
現実の学校生活や社会のルールに
なかなか馴染めない子どもたちにとって
「空想の世界」は
自分を守るための大切な避難所です。
物語を通じて子どもたちは
「ドアのむこうの国」に
逃げ込むのではなく、
その豊かな感性を携えたまま、
少しずつ「現実」(こちら側の世界)でも、
自分の足で
立てるようになっていくのです。

ともすれば自閉スペクトラム症や
ADHDなどの特性は、
「治すべき欠点」として
とらえられがちです。
しかし本作品は、子どもたちの特性を
そのように描いてはいません。
「弱点を克服して、みんなと同じ
(普通)になれた」ではなく、
「自分の中に特別な世界を持ちながら、
社会とも繋がれるようになった」という
形で子どもたちの「成長」を
表現しているのです。
「普通」という枠に
収まるようになるのではなく、
自分たちのユニークな視点を失わずに
外の世界とどう関わっていくかを学ぶ。
子どもたちの体験する
そのプロセスこそが、この物語の
核心的な主題だと思うのです。

ファンタジーを期待して読み始めて
「失敗した」と感じる方も
いらっしゃるかもしれません。
しかしファンタジーだと思って
読み始めたのが、
いつの間にか自分自身の内面や、
社会の中での「生きづらさ」について
考えさせられてしまったという方も
多いのではないかと思います。
本作品はそうした
「自らの心の中に潜り込むための
ガイドブック」のような
機能を持っているのです。
騙されたと思って、
ぜひご一読ください。

(2026.5.25)

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