
昇格した小林少年、変貌した二十面相
「塔上の奇術師」(江戸川乱歩)ポプラ社
「塔上の奇術師」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第21巻」)光文社文庫
さびしい町外れにある時計塔。
その屋根の上に
うごめいていたのは
コウモリの格好をした
怪人だった。
目撃したスミ子の話を
周囲の大人は誰も信じようとは
しなかった。
その一か月後、
スミ子の家の宝石を狙って
コウモリ男が現れる…。
江戸川乱歩の
少年探偵団シリーズの一つ、
「塔上の奇術師」です。
シリーズのレギュラー・メンバーである
怪人二十面相、明智小五郎、小林少年、
それぞれ本作品でも活躍するのですが、
その立ち位置が大きく変わっています。
シリーズの顔ぶれを大きく変えずに
その役割を変更し、
物語のマンネリ化を防いだという
印象です(それでも十分に
マンネリズムに陥っているのですが)。
【少年探偵団事件ファイル24】
「塔上の奇術師」事件
〔事件発生場所〕
東京都世田谷区の時計塔
(のちに園田家となる)
〔怪人〕
怪人四十面相
…怪盗。以前は怪人二十面相と
名のっていた。
宝石や美術品を収集する。
コウモリ男、赤い道化師、
白い幽霊に扮して悪事をはたらく。
〔捜査関係者〕
中村警部…警視庁警部
〔明智探偵事務所およびその関係者〕
明智小五郎…私立探偵。
小林芳雄…明智の少年助手。
花崎マユミ…明智の少女助手。
淡谷スミ子、森下トシ子
…マユミに弟子入りした少女。
中学校1年生。
吉村菊雄
…少年探偵団員。小林少年の親戚。
五郎…探偵犬。明智の友人の所有。
〔事件関係者〕
淡谷庄二郎
…スミ子の父親。「二十四の宝石」を
四十面相に狙われる。
淡谷一郎
…スミ子の兄。二十五歳。
父親の会社に勤める。
園田ヨシ子…スミ子の友人。中学1年生。
園田丈吉…ヨシ子の兄。高校1年生。
山本…園田家の書生。
〔事件の概要〕
⑴淡谷家宝石盗難未遂事件
・四十面相、犯行予告電話。
・四十面相、宝石を強奪し逃走。
・マユミ、
四十面相の隙を突き宝石すり替え。
⑵淡谷スミ子誘拐事件
・四十面相、スミ子を誘拐。庄二郎に
身代金として「二十四の宝石」を要求。
・目撃していたスミ子、通報。
・四十面相、「二十四の宝石」を
受け取りスミ子を解放。
・小林少年、五郎を使って四十面相の
足取りを探るが失敗に終わる。
⑶園田丈吉殺人未遂事件および
園田ヨシ子誘拐事件
・四十面相、丈吉を罠にかけ
殺害を謀るが失敗。
・四十面相、ヨシ子を園田邸内で誘拐、
拉致監禁。
・小林少年と警察隊、四十面相アジトを
急襲、四十面相ヘリにて逃走。
・四十面相逮捕、事件解決。
本作品の味わいどころ①
昇格した小林少年
本作品の特徴としてあげられるのは、
最後の最後まで明智小五郎が
登場しないということです。
東京で四十面相が暴れているのに、
明智は長期出張中。
「もしや潜入捜査か?」と
深読みしてしまいそうですが、
これは小林少年を主役に据えるための
設定なのです。
したがって今回四十面相と対決するのは
小林少年なのです。
最初から最後まで
事件に積極的に関わり、
四十面相を追い詰めるのです。
これまでの「助手」の役割を超えて
「探偵役」として
見事に活躍しているのです。
終盤に入ると警視庁の中村警部をも
従えてしまうという、
まさに「小明智」としての
存在感を発揮しています。
では彼の「助手」はいないのか?
それが少女助手の花崎マユミなのです。
前作「夜光人間」で
デビューを果たした際は「マユミ」としか
表記されていなかったのですが、
今回は苗字を与えられ、
存在感が増しました。
しかも中学校1年生の弟子を
受け入れるまでに成長、
見事に「小林少年」の立場を
継承しているのです。
「小林少年役」をマユミが担い、
「名探偵役」を小林少年が受け継ぎ、
明智小五郎は「名誉探偵」的役割へと
隠居したような雰囲気です。
この、昇格した小林少年の活躍こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
変貌する二十面相
かつては紳士的振る舞いの際立った
怪人二十面相ですが、
「四十面相」と自ら改名したあたりから
凋落ぶりが目立ってきました。
前作「夜光人間」で、
ようやく怪人コスプレも王道回帰した
印象がありますが、今回は小ぶりです。
小ぶりな分だけ三つも登場させて
その場をしのいでいる印象です。
一つめは「コウモリ男」。
「まっ黒なシャツをきて、
はばのひろい黒マントを
はおって」いるという服装、そして
「きつねの目のように
つりあがった黒めがね」
「黒い口ひげ」
「白い角が二本、ニョキッとはえている」
程度ですから安上がりです。
二つめは「赤い道化師」。
「まっ赤なとんがり帽子」
「まっ白におしろいをぬった顔」
「まっ赤な地色に、
白い水玉もようのある、
だぶだぶの道化服」ですから、
怖くもなんともありません。
三つめは「白い幽霊」。
「目も鼻も口もない、白いもの」。
こうなるともはや噴飯ものです。
小林少年もあきれたように
「白いものをかぶって、幽霊に
見せかけたのにちがい」と一蹴します。
どうした二十面相、
もはやネタが尽きたのか?
いや、怪人コスプレはともかく、
その行動の変貌が問題です。
トリックを駆使して宝石や美術品を
予告通りに盗み出すのが
二十面相の手口なのですが、
今回は盗みに失敗すると、
「誘拐」という安易かつ卑劣な方法に
切り替えます。
一度目はスミ子を誘拐、
父親・庄二郎に宝石の持参場所を
指示する際には
「けっしてひきょうなまねはしない」と
豪語するのですが、
誘拐自体がすでに卑怯極まりないことに
気づいていません。
「怪人」ではなく「別人」に
なってしまったような二十面相です。
この、変貌した二十面相の
堕落ぶりこそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
掠われる少女二人
もっとも「誘拐自体がすでに
卑怯極まりないことに
気づいていない」のは
二十面相である以上に、
当時の社会そのものなのです。
本作品発表の昭和33年段階では、
「身代金目的の誘拐」そのものを
厳罰に処する法律がまだ十分ではなく、
主に「営利目的誘拐」として
扱われていました
(重大な犯罪という認識が薄かった)。
そのため、昭和33年だけでも
誘拐・略取事件の認知件数は
全国で234件
(うち身代金目的は数十件規模)と、
現在と比較して驚くほどの発生件数が
見られたのです。
乱歩が本作品で誘拐を多用したのは、
その世相を踏まえて少年少女たちに
「より身近な恐ろしさ」を
味わわせようとしたのだと
考えることもできそうです。
この、
読み手の子どもたちの背筋を凍らせる、
少女二人の誘拐事件こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
なお、昭和33年以降には、
乱歩の物語が現実に起きたかのような
凄惨な事件がいくつか発生し、
社会に衝撃を与えました。
本作発表のわずか二年後、
本作品の舞台と同じ世田谷区で、
幼稚園児が誘拐され、
身代金を要求された末に
殺害されるというショッキングな事件が
起きています
(「小西明子ちゃん誘拐殺人事件」)。
また昭和38年には、
戦後最大の誘拐事件と言われる
「吉展ちゃん誘拐殺人事件」も
起きているのです。
作中の二十面相は
「命までは取らない」という
美学を持っていますが、当時の現実は
「身代金を取るために誘拐し、
発覚を恐れて殺害する」という
残酷なケースが目立っていたのです。
「吉展ちゃん事件」をきっかけに、
ようやく昭和39年、
「身代金目的略取罪」が刑法に新設され、
厳罰化が進んだのです。
ミステリは時代を映す鏡として
機能することが多いのですが、
本作品などもそのとおりなのでしょう。
当時の読み手の少年少女たちにとっては
新聞に載る「現実の脅威」と、
物語の中の「虚構のワクワク」が
地続きだったのかもしれません。
昭和33年という時代を、
じっくりと味わいましょう。
(2026.5.29)
〔青空文庫〕
「塔上の奇術師」(江戸川乱歩)
〔「江戸川乱歩全集第21巻」〕
妻に失恋した男
秘中の秘
魔王殺人事件
奇面城の秘密
夜光人間
塔上の奇術師
ふしぎな人
かいじん二十めんそう
かいじん二十めんそう
〔関連記事:少年探偵団シリーズ〕



〔ポプラ社「少年探偵団」シリーズ〕
〔「江戸川乱歩全集」はいかが〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】
