「モモ」(エンデ)

「子ども向け」と「大人向け」の二つの顔

「モモ」(エンデ/大島かおり訳)
 岩波少年文庫

時間をケチケチすることで、
ほんとうはぜんぜん
べつのなにかをケチケチ
しているということには、
だれひとり
気がついていないようでした。
じぶんたちの生活が
日ごとにまずしくなり
日ごとに画一的になり
日ごとに冷たくなって…。

ドイツの児童文学作家
ミヒャエル・エンデの傑作であり、
全世界で幅広く読まれている作品です
(何でも本国ドイツに次いで日本は
世界第2位の読者層を持つのだとか)。
本作品は、優れた児童文学が
すべてそうであるように、
「子ども向け」と「大人向け」の
二つの顔を持っています。
味わいどころは、
それぞれで異なります。

〔主要登場人物〕
モモ

…周囲の人間の話を聞く能力に優れた
 少女。時間泥棒たちに狙われる。
ベッポ
…道路掃除夫の老人。無口な性格。
 モモの親友となる。
ジジ(ジロラモ)
…フリーの観光案内ガイド。
 おしゃべり。モモの親友となる。
パオロ
…モモの友だち。めがねの男の子。
マリアデデ
…モモの友だち。姉妹。
マッシーモ
…モモの友だち。太っちょの男の子。
フランコ
…モモの友だち。
 だらしない格好の男の子。
クラウディオ
…モモの友だち。ラジオを持っている。
ニコラ…左官屋。
ニノ…居酒屋の店主。
リリアーナ…ニノの女房。
フージー…床屋の店主。
マイスター・ホラ
…時間を司る神(のような存在)。
 正式名は
 ゼクンドゥス・ミヌティウス・ホラ。
カシオペイア
…マイスター・ホラの使いのカメ。
「灰色の男たち」…時間泥棒たち。
ナンバーXYQ/384/b
…時間泥棒の一人。フージーに接触。
ナンバーBLW/553/c
…時間泥棒の一人。モモに真実を話し、
 仲間から処刑される。

〔大人の読み手の「味わいどころ」〕
本作品の味わいどころ①
「時間泥棒」に対する戦慄

灰色の男たちが語る「時間を節約して
利子を稼ぐ」という理屈が、
現代の資本主義や効率化社会
そのものであることに気づかされます。
理論武装して近寄ってくるそれらは、
「利益供与」に見えて
その実は「詐取」なのです。
単なるファンタジーにおける
悪役などではなく、
自分たちの社会を支配している
「現実」として迫ってくるのです。
大人たちはそこからいいようのない
「焦燥感」を
リアルに感じずにはいられないのです。

本作品の味わいどころ②
実存的な「孤独」への恐怖

モモが一人取り残され、
誰も遊びに来なくなった街を
彷徨うシーンは、
現代人の「他者との繋がりの希薄化」や
「孤立」を象徴していると
とらえることができます。
その姿は、大人にはむしろ
「悲劇的なリアリズム」として
映るはずです。

本作品の味わいどころ③
哲学的で経済学的な示唆

エンデは自国の経済学者
シルビオ・ゲゼルの「自由貨幣論」の
影響を受けていたといわれています。
この物語における
「貯め込まれて循環しない時間」は、
そのまま「資本」を
表しているように思えてなりません。
私たちの財貨も一部の人間に
「詐取」されて「貯蔵」され、
「循環」できなく
されているのではないか?
そうした恐怖を感じさせます。

〔子どもの読み手の「味わいどころ」〕
本作品の味わいどころ①
「聞くこと」による他者理解の大切さ

主人公・モモは、
魔法を使うわけでも剣を振るうわけでも
ありません。
ただ「じっと相手の話を聞く」だけで、
相手に自分自身を取り戻させます。
ともすれば自分のことだけを
語りたがる子どもたちにとって、
他者の話にじっくりと耳を傾ける
モモの姿はきわめて新鮮に
映るのではないでしょうか。
自己主張よりも他者理解のほうが、
自らの「武器」としてはたらくとともに、
よりよい集団を創造していく。
子どもたちがそれに気づくことを
願いたいと思います。

本作品の味わいどころ②
遊びや学びにおける「自主性」の意義

時間泥棒に支配された親たちは、
子どもたちを「子どもの家」(施設)に
預けます。
子どもたちは自ら遊びを生み出すことを
禁じられ、
管理された遊び
(教育的効果のある遊び)しか
許されなくなります。
作中の子どもたちは、
失ったものの大きさに
抗いようがなくなっているのです。
それは現実の世界でも同じです。
「遊び」も「学び」も
「やらされている」感があるかぎり、
「楽しみ」は生まれないのです。
「自ら考えて遊ぶ」「自ら学ぶ」
「自ら選択する」、
何事においても「自主性」が大切になる。
子どもたちに気づかせたいことの
一つです。

本作品の味わいどころ③
生活における「回り道」を楽しむ視点

実はこの点が
現代ではもっとも重要になりそうです。
ネットにおける「倍速視聴」
「ファスト映画」「SNSの短縮動画」、
現代の子どもたち(若者たち)は、
こうした「効率化されたコンテンツ」に
囲まれて育っているのです。
これらが
「時間を節約することが正しい」という
価値観を、子どもたちに
強烈に植え付けているのです。
これらはまさに作中の「時間泥棒」が
具現化したものであり、
恐ろしいことです。

本作品を読むことにより、
子どもたちに
「時間をケチケチすることで、
ほんとうはぜんぜんべつのなにかを
ケチケチしているということ」を
気づかせることができればと思います。
作品の前半部に
生き生きと描かれている「回り道」こそ、
現実世界でも必要なものなのです。

かつては大人たちが
子どもを管理することによって、
子どもたちの自由な時間が
奪われていったのですが、
現代は大人たちが
個別にでも直接的にでもなく、
ネットを通じて広く間接的に
子どもたちの価値観を
変質させています。
大人よりもむしろ未成年のほうが
「時間泥棒」に早期から晒され、
大きな被害を被っているのです。
しかも「被害に遭っている」ことにすら
気づかず過ごしているのです。

いやいや、そうした難しいことを
「押しつけ」なくても、
本作品は子どもの想像力を刺激する
超一級のファンタジーとして
成立しています。
まずは子どもたちが「モモ」に触れる
機会をつくってあげたいものです。

〔本作品の「長さ」について〕
本作品「モモ」は、岩波少年文庫版で
400頁におよぶ、
児童文学としては異例の大長篇です。
カバー裏には
「小学5・6年以上」とあります。
小学校高学年はおろか、
中学生・高校生でも
この分量を読みこなすのは
大きな困難が伴うはずです。
いや、読む前に諦める子どもの方が
多いのではないでしょうか。

しかしこの「長さ」こそが、
効率や時短を強いる
「現実世界における時間泥棒たち」への
対抗手段として
機能するのではないでしょうか。
本作品をじっくり味わう
プロセスそのものが、
本作品のテーマである
「自分の時間を取り戻す」体験と
直結するはずです。
だからこそ、子どもたちが
「モモ」に近づく環境を
整えてあげたいと思うのです。

(2026.6.1)

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