「星を継ぐもの」(ホーガン)

「冒険」ではなくロジックで唸らせるSF小説

「星を継ぐもの」(ホーガン/池央耿訳)
 創元SF文庫

月面で発見された死体。
調査の結果、それは五万年前に
死亡していたことが判明する。
「チャーリー」と名付けられた
それは、人間か、それとも…。
議論が重ねられる中、
今度は木星ガニメデ衛星で、
地球外の宇宙船の
残骸が見つかり…。

イギリスのSF小説の巨匠といわれる
ジェイムズ・パトリック・ホーガン
デビュー作品です。
若い頃に読みましたが、
物語の舞台である2028年に、
現実世界の年号が追いついてきたため、
再読してみました。
もはや古典的SFですが、その面白さは
まったく色褪せていません。

〔主要登場人物〕
「チャーリー」

…月面で発見された五万年前の死体。
コリエル
…「チャーリー」に同行していた巨人。
ヴィクター・ハント
…科学者。「チャーリー」調査の
 情報統括責任者となる。
フォーサイス-スコット
…メタダイン社常務取締役。
ロブ・グレイ
…メタダイン社実験工学部長。
グレッグ・コールドウェル
…UNSA航行通信局本部長。
リン・ガーランド
…コールドウェルの秘書。
クリスチャン・ダンチェッカー
…生物学者。大学教授。

「五万年前の月面に、
なぜ現代人と完全に同種の人間
「チャーリー」の死体が存在したのか」
という究極の謎から始まる本作品、
パズルのピースがカチリとはまるように
すべての矛盾が解消していくラストは、
再読しても鳥肌が立つ面白さです。
ただし本作品、一般の方が想像する
「SF小説」とはやや趣が異なります。

多くのSF作品は、主人公が
冒険や異世界体験をするのですが、
本作品はそうではありません。
主人公ヴィクター・ハント博士は、
レーザー銃を撃ちまくるヒーローでも、
未知の惑星をサバイバルする
冒険家でもないのです。
研究所からほとんど動かずに
(後半は月面やガニメデに
出かけているが実地調査場面はない)、
集められたデータをもとに、
自らの頭脳をもって
宇宙の謎を解き明かすという、
ミステリ仕立て、それも安楽椅子探偵
(アームチェア・ディテクティブ)型の
スタイルとなっているのです。

今日のオススメ!

実は本作品、
日本では超大絶賛で受け入れられてきた
経緯があるのですが、
本国イギリスをはじめとする
欧米諸国の評価は
日本ほど熱狂的ではありませんでした。
「冒険のないSF」についての
受け止められ方のギャップは
非常に興味深いものがあります。

日本のSFおよびミステリ・ファンは、
伏線が綺麗に回収される構造を
好む傾向が強いようです。
本作はSFでありながら、
極上の「本格ミステリ」、
それも「ホワイダニット」
(なぜそこに死体があったのか)として
読まれてきました。
血湧き肉躍る冒険がなくても、
「仮説が覆り、新しい仮説が立ち、
真実に近づいていくプロセスそのものが
最高にスリリングな冒険である」と
受け止められたのです。
日本では、この
「冒険をせずロジックで唸らせる」
スタイルが信じられないほどの
超大絶賛で迎え入れられたのです。

1981年に邦訳されるやいなや、
同年の第12回星雲賞(海外長編部門)を
受賞。
その後も口コミで広がり続け、
日本の「オールタイム・ベストSF」では
常に「ソラリス」や
「幼年期の終り」などと並んで
トップ争いをするほどの
国民的SFとなりました。
星野之宣氏による漫画化なども、
その人気の高さを物語っています。

日本の読者にとって、
ハント博士が現場で
泥にまみれないことは欠点ではなく、
むしろ「人間の知性に対する
圧倒的な信頼と賛歌」として、
これ以上ない美点として
受け止められたのです。

一方で、
作者・ホーガンの母国であるイギリスや、
SFの本場であるアメリカなどでは、
少しニュアンスが異なります。
もちろんヒット作であり、三部作、
そして五部作へと続く
人気シリーズになりましたが、
日本のような「歴史的神作」という
扱いではありません。

欧米のSF文学界、特に1970年代後半
(本作の発表は1977年)は、
文学的な洗練さや
キャラクターの精神的深化を求める
「ニュー・ウェーブ」の余韻や、
より複雑な人間ドラマを描くSFが
主流になりつつありました。
そのため、欧米の評論家からは
「キャラクターが平面的・記号的である」
「ただ会議室で科学者が
議論しているだけで、
文学的なプロットがない」と、まさに
「主人公に冒険やドラマがないこと」を
弱点として指摘されることが
少なくなかったのです。
「ガジェットやアイデアは面白いが、
小説としては…」という冷めた見方が
一般的だったようです。

欧米では
「会議室の議論だけで進む話
=動きがなくて退屈」と
とらえられがちだったのに対し、
日本では「ホワイトボードの前で
科学者たちが喧嘩しながら真実に迫る、
これこそが最高のエンタメ!」と
受け止められたわけです。
そういえば庵野秀明監督の
「シン・ゴジラ」においても、
ゴジラ自体の空想特撮場面よりも
政治家や科学者が
早口で会議を重ねていくシーンが
連続していました。
日本人はエンターテインメントに
知性を求める傾向があるのでしょう。

今日のオススメ!

確かにスペース・ファンタジー的な
要素はありません。
登場人物たちはほとんど成長もせず
感情を吐露したりもしません。
しかしだからこそ、ラストで明かされる
「彼らが何者で、私たちは何者なのか」
という「壮大な結論」が、
余計なドラマに邪魔されることなく、
ダイレクトに日本人の読み手の脳を
激しく揺さぶってくるのです。
「日本人的な読み方」で
本作品を十分に味わい尽くしましょう。

(2026.6.5)

〔関連記事:海外SF作品〕
「夏への扉」(ハインライン)
「幼年期の終わり」(クラーク)
「宇宙戦争」(H・G・ウェルズ)
「タイム・マシン」(H・G・ウェルズ)

〔本作品の続編シリーズはいかが〕

ガニメデの優しい巨人
巨人たちの星
内なる宇宙 上
PIRO 4DによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「強いられた変身」
「こちらニッポン…(上)(下)」
「錯覚屋繁盛記」

【こんな本はいかがですか】

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