
本当の「自立」とは、他人にSOSを出せること
「飛ぶための百歩」
(フェスタ/杉本あり訳)岩崎書店
五歳から光を失ったルーチョは、
叔母のベアとともに
アルプス山脈の
ドロミテ山塊へ登る。
宿泊地である山小屋で、
彼は同じ十四歳の少女・
キアーラと出会う。
何でも一人でできると
証明したい。
ルーチョの抱えていた
頑ななプライドは…。
素敵な作品に出会いました。
イタリアの作家である
ジュゼッペ・フェスタの児童文学作品
「飛ぶための百歩」です。
アルプスの大自然を背景に、
光を失った少年と
生きづらさを感じている少女ふたりの
成長物語となっています。
〔主要登場人物〕
ルーチョ
…五歳で失明した十四歳の少年。
周囲からの手助けを
うっとうしいと感じている。
ベア
…ルーチョの叔母。ルーチョの父母に
代わって彼に同行している。
エットレ
…山小屋の主。ベアの友人。
キアーラ
…エットレの孫。十四歳の少女。
家の外では内気で
自分を出せないでいる。
ティツィアーノ
…山岳ガイドの青年。
ルーチョやキアーラを
ワシの生息している「悪魔の頂」に
案内する。
ベッチョ、グラッコ
…密猟者の二人組。
アストロ
…高校生となったルーチョの盲導犬。
本作品は、日本では第66回
青少年読書感想文全国コンクールの
小学校高学年用の課題図書として
選定されています。
その内容の深さを考えると、
小学校高学年よりも中学生にこそ
読んでほしい作品だと感じます。
しかし作者フェスタが日本では
まだあまり知られていないこと、
筋書きに中学生好みのスリリングさが
不足していること
(不足というよりも「上質」であること)、
表題から筋書きやテーマが
類推しにくいこと、
落ち着いたデザインの表紙が
アイ・キャッチとしては弱いことなどが
理由(これらはすべて本書の長所)で、
単に学校図書館に配置しただけでは
誰も手に取ろうとしない
可能性があります。
いつもは「味わいどころ」三点から作品を
分析しているのですが、
今回は「中学生へのPRポイント」を
もって作品紹介に変えたいと思います。
本作品の中学生向けPRポイント①
「うっとうしい優しさ」への苛立ち
(共感ポイント)
中学生は、親や先生からの
「あなたのためを思って」という
過保護な視線に、
息苦しさや反発を覚えやすい時期です。
主人公のルーチョが、
周囲の大人たちの「親切という名の壁」に
イライラし、
「放っておいてくれ」と心を閉ざす姿は、
まさに思春期の少年少女の
心理そのものです。
障害という枠組みを超えて、
「過剰な優しさに縛られる窮屈さ」に
スポットを当てて、
本作品を薦めるのはいかがでしょうか。
本作品の中学生向けPRポイント②
「プライド」と「SOS」のジレンマ
(成長ポイント)
「できない自分を認めたくない」
「他人に頼るのは負けだと思っている」。
そんな不器用なプライドも
中学生にとって「あるある」です。
ルーチョが山の中で
困難にぶつかったときに
気づかされるのは、
「本当の強さとは、
意地を張ることではなく、
誰かに手を伸ばすこと
(SOSを出すこと)だ」という事実です。
「プライドを捨てる勇気」という
テーマは、部活動や勉強、人間関係で
孤立しがちな中学生の心をそっと救う
メッセージになり得ると考えます。
本作品の中学生向けPRポイント③
五感を揺さぶる
「極限のアルプス・サスペンス」
(エンタメポイント)
真面目な道徳の物語として紹介すると
中学生には敬遠されがちですが、
本作は「盲目の少年が、
野生のイヌワシの雛をめぐる
密猟者との命がけの攻防に
巻き込まれる」という
一級のサスペンス・アウトドア小説でも
あるのです。
目が見えないからこそ、
風の匂い、岩の振動、音の反響だけで
周囲の状況を察知する
「密猟阻止&ワシのひな奪還作戦」は、
上質のエンターテインメントとして
純粋にワクワクさせられるはずです。
子どもたちが普段無意識に持っている
「障がい者=優しく助ける対象」という
ステレオタイプを揺さぶられるため、
最初はルーチョの反発心に
戸惑う子どもも多いのではないかと
考えます。
「本当の自立とは、
一人で完璧に行うことではなく、
自分の弱さを認めて
他人にSOSを出せることだ」という、
現代にとって必要なパラダイムシフト
(価値観の転換)をもたらしてくれる
作品ではないかと思うのです。
心理的に
ハードルが高い作品だからこそ、
安易な感想を許さず、
子どもたちの内省(自分自身を
見つめ直すこと)を深く引き出す、
非常に教育的価値の高い
一冊と考えます。
子どもには素敵な「気づき」をもたらし、
大人が読めばなお一層深い味わいを
感じることができる。
それが優れた児童文学作品であり、
本書もそうした要素を
十分に持っています。
ぜひ大人のあなたもご賞味ください。
(2026.6.17)
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