
「ファンタジー」を裏切るホラー演出
「ぼくが消えないうちに」
(ハロルド/こだまともこ訳)ポプラ社
ラジャーは消えかけている。
ラジャーのことを考えたり、
思い出してくれたり、
そこにいるように
想像してくれたりする
アマンダがいなければ、
この世界から
するするとすべりおちてしまう。
ラジャーは、
忘れさられようとしている…。
A・F・ハロルド作の傑作児童文学
「ぼくが消えないうちに」
(原題:The Imaginary)です。
スタジオポノックによって
「屋根裏のラジャー」として
アニメ映画化もされた名作ですが、
児童文学としては
かなり「ダークで怖い」地肌を持った
作品でもあります。
しかし丹念に読み込むと、
そのホラー要素も含め、
多くの魅力が詰まっていることに
気づかされます。
〔主要登場人物〕
アマンダ・シャッフルアップ
…空想力の強い女の子。
ラジャー
…アマンダの生み出した
イマジナリー・フレンド。
アマンダが事故に遭い、
その存在が消えかかる。
リジー・シャッフルアップ
…アマンダのママ。
自身も幼いころ空想力が強かった。
オーブン
…リジーが飼っている雌猫。
レイゾウコ
…幼いころのリジーの
イマジナリー・フレンドとしての犬。
マリゴールド
…リジーの雇ったベビーシッター。
ジンザン
…ラジャーを図書館へと導いたネコ。
エミリー
…図書館に集まった
イマジナリー・フレンドの一人。
ラジャーの手助けをする。
小雪ちゃん、ホネッコ・ガリガリ
…図書館に集った
イマジナリー・フレンドたち。
ジョン・ジェンキンズ
…エミリーが友だちになろうとした
男の子。
ジュリア・ラディック
…アマンダの同級生。ラジャーを
女の子の「ベロニカ」として
イマジナリー・フレンドとする。
コーン・バンティング
…イマジナリー・フレンドたちを
食うことによって生きながらえている
妖怪的存在。
「黒髪の少女」
…バンティングが空想力で生み出した
少女。イマジナリー・フレンド食いに
協力する。
本国イギリスでは、単に
「楽しいファンタジー」としてではなく、
「怖さとユーモア、そして深い感動が
完璧に同居した傑作」として、
イギリス文学協会賞
(UKLA Book Award)をはじめとする、
数々の権威ある文学賞で絶賛された
本作品です。
ところがネット等で
日本のレビューを見てみると、
「子どもには少し刺激が強いかも」
「挿絵が怖い」といった声が
少なからず見られます。
ホラー色は、否定的要素として
受け取られているようです。
この受け止め方の違いは、
日本と英国の
文化の違いによるものと考えられます。
イギリスの児童文学には古くから、
「チョコレート工場の秘密」のダールや、
「コララインとボタンの魔女」の
ゲイマンのように、
「子どもはちょっぴり不気味で
怖いものが大好きであり、
それを乗り越えることで心が成長する」
という確固たる伝統があるのです。
本作もまさにその系譜として
捉えられており、
妖怪的存在のバンティング氏の恐怖が
あるからこそ、
後半の「忘れられることへの切なさ」や
「友情の強さ」が
際立ってくるのでしょう。
この作品を中学生にどう進めるか?
それがそのまま
本作品の味わいどころとなるのです。
本作品の味わいどころ①
「ファンタジー」を裏切るホラー演出
中学生への最大のフックになるのが
本書の「怖さ」です。
児童書コーナーにあるからと
油断していると、
背筋が凍るような
ゴシックホラーの展開が待っている。
これこそが中学生への
強烈なアピールになるとともに、
本作品の味わいどころでもあるのです。
人の想像力を「食べて」生きながらえる
不気味な男と、
彼が連れている幽霊みたいな
「黒髪の少女」の描写が、
夜中に読むと
かなり怖さを感じさせるでしょう。
ちょっとダークでハラハラする
刺激が欲しい中学生に
ぴったりの一冊であると考えます。
本作品の味わいどころ②
切なさと残酷さの「消えゆく友だち」
主人公・ラジャーは、人間に
「忘れられたら消滅する」存在です。
もし自分を作ってくれた
大好きな友だちが、成長して
自分のことを忘れてしまったら?
設定がとにかく切なくて、
後半の展開には胸が締め付けられます。
中学生は「成長すること」と
「何かを失うこと」の痛みを
無意識に感じ始めている
年代といえます。
「忘れられたら消えてしまう」という
ラジャーの宿命は、必ずや
彼らの心に深く刺さると考えます。
本作品の味わいどころ③
美しい挿絵と「色の変化」のギミック
素敵なのは
テキストだけではありません。
本書はふんだんに盛り込まれた挿絵が
テキストとともに
独特の世界を創り上げているのです。
カラーあり、黒地のダーク調あり、
何よりもすべての見開きページ右下に、
小さなイラストが添えられ、
楽しいかぎりです。
このエミリー・グラヴェットによる
挿絵は、中学生の審美眼にも
十分に耐えうるクオリティです。
ページをめくる楽しさを
視覚的に伝えてくれるのです。
〔本書と映画との関わり〕
ところでこの本の作者紹介を見ると、
「邦訳されるのは
本作品が初」とあります。
作者・ハロルドは、日本では
まったく知られていない作家でした。
それがいきなりスタジオポノックの
巨額の商業アニメ映画
「屋根裏のラジャー」に
大抜擢されたのは、
客観的に見ると不思議であり、
シンデレラ・ストーリーのようにも
見えます。
これは「日本で自然発生的に
爆発的人気が出て、それを追うように
映画化された」わけではなく、
「映画プロデューサーの
卓越した審美眼によって
原作が見出され、
映画化のプロジェクトと連動する形で、
日本でのヒットと認知が
作られていった」というのが
正確な経緯です。
この作品を日本に持ってきた
最大の立役者は、スタジオポノックの
プロデューサーであり、
元スタジオジブリの西村義明氏
(「かぐや姫の物語」「思い出のマーニー」
などを手掛けた人物)です。
西村氏は、ジブリ時代から
「海外の優れた児童文学」のアンテナを
常に張っていたといいます。
彼がイギリスの書店で偶然この本の原書
(「The Imaginary」)を手にしたとき、
エミリー・グラヴェットによる
表紙の絵と、
「イマジナリー・フレンドの視点から
描かれた物語」というコンセプトに
強烈に惹かれ、
その場で映画化を決意したと
インタビューで語っています。
つまり、日本での知名度が
ゼロだったからこそ、
「誰もまだ手をつけていない
素晴らしい原石」として
プロデューサーの目に留まったのです。
スタジオポノック、および元となった
スタジオジブリの作品には、
「子どもにしか見えない世界」
「目に見えないけれど大切なもの」
「想像力と現実の地続きの境界」という
一貫したテーマがあります。
本作品「ぼくが消えないうちに」は、
まさにこの系譜の
「ど真ん中」にある物語なのです。
人間に想像されることで存在し、
忘れられると消えてしまう存在としての
ラジャーの切なさと躍動感は、
「これぞ自分たちがアニメーションで
表現すべき題材だ」と、
日本のトップクリエイターたちの
創作意欲を激しく刺激したのです。
「邦訳初」の作品を
日本で定着させるため、
映画化の発表と、翻訳本の出版、
プロモーションは
緻密に連動していました。
2014年にまず本国イギリスで
原書が発売されました。
続いて2016年、日本で
「ぼくが消えないうちに」として
翻訳出版されます。
もちろんこれは映画化を見据えた
紹介の側面もありました。
その後、スタジオポノックによる
アニメ映画化プロジェクト
「屋根裏のラジャー」が本格始動し、
大きな話題を呼んだのです。
児童文学のファンや
読書専門家の間では、翻訳直後から
「ものすごい傑作が訳された」と
口コミで高く評価されていましたが、
一般的な認知度が爆発的に上がったのは
やはり「元ジブリのスタッフが作る
大作アニメ映画の原作」として大々的に
メディアに取り上げられたことが
一因となっているのです。
誰も知らない
海外の良質な文学を掘り起こし、
アニメーションの力で
日本の子どもたちに届ける。
これはかつて高畑勲監督や宮崎駿監督が
「アルプスの少女ハイジ」や
「魔女の宅急便」でやってきたことと同じ
美しい伝統の形だといえます。
本作品「ぼくが消えないうちに」のような
「怖さ」と「切なさ」が同居する作品は、
中学生の心に深く届く一方で、
大人が読んでも十分な読み応えを
感じさせてくれるはずです。
ぜひご賞味ください。
(2026.6.22)
〔「屋根裏のラジャー」〕
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