
21世紀における「ノストラダムスの大予言」の楽しみ方
「ノストラダムス大予言の秘密」
(高木彬光)角川文庫
一九九九年七月、
全人類は滅亡する!
まったくすごい断定だが、
こういうキャッチ・フレイズで
売り出した
「ノストラダムスの大予言」
(五島勉氏著、祥伝社刊)は
現在たいへんなベストセラーに
なっている。
すでに百三十万部を突破した…。
1 昭和の日本の
「ノストラダムスブーム」
高木彬光の
「ノストラダムスの大予言の秘密」。
今ではその名を耳にすることすら
なくなった「ノストラダムス」ですが、
昭和の時代は一大ブームを
巻き起こしていた記憶があります。
あの強烈なオカルトブームを体験された
私と同じ世代の方にとっては、
非常に懐かしく、
同時に奇妙な時代だったと
感じられるのではないでしょうか。
いろいろ調べてみると、
「ノストラダムス現象」そのものは
全世界的な広がりを持っていましたが、
昭和の日本で見られたような
「1999年に人類が滅亡する」という
超ド級の社会現象は、
実はかなり「日本特有」の
歪み方をしていたようです。
欧米、特にフランスやアメリカでも、
ノストラダムスは
定期的に話題になるようです。
しかし、彼らの捉え方は
「終末論」というよりも、
歴史的な大事件の後追い、つまり
「答え合わせ」が主流と思われます。
フランス革命、
ナポレオンやヒトラーの台頭
(詩の中の「ヒスター」という言葉など)、
ケネディ暗殺など、
世界を揺るがす大事件が起きるたびに、
「ノストラダムスは
これも予言していた!」と
本が売れるサイクルを
繰り返してきたのです。
しかし、社会全体が恐怖に陥るような
パニックにはなっていません。
欧米では
「数ある解釈の一つ」だったものが、
日本ではなぜ子どもから大人までを
巻き込む大騒動になったのか?
そこには本書で言及されているように、
五島勉氏の著書
「ノストラダムスの大予言」(1973年)
という、日本独自の「メガヒット小品」の
存在があったのです。
四行詩の一つ、
「恐怖の大王」のくだりを、五島氏は
「1999年7月に世界が滅びる」と
非常にダイナミックかつ具体的に
翻訳・演出し、これが当時の
オイルショックや公害問題、
冷戦の恐怖(核戦争の不安)を抱えていた
日本人の心理に
恐ろしいほど合致したのでしょう。
この本は250万部を超える
大ベストセラーとなり、
翌年には映画化、
さらにテレビの特番や
子ども向けのオカルト雑誌で
連日特集されました。
世界中が「環境破壊や核、
西暦2000年の節目」に対して
なんとなく暗い不安(世紀末思想)を
抱えていたのです。
その不安を、日本では
「ノストラダムスという
劇的なキャラクター」にすべて乗せて
消費したため、あの昭和特有の、
おどろおどろしくもどこか熱狂的な
大ブームができ上がったのだと
考えられます。
本書の著者・高木彬光が、作中で
理路整然とそれを解き明かしたように、
ブームの裏には恐怖を煽るメディアと、
それを受け入れてしまう
時代の閉塞感があったのです。
2 「ノストラダムス」
ブームから見る日本
本書の内容から外れてしまうのですが、
高木彬光が論戦を仕掛けた
五島勉氏について知ることが、
本書の面白さを
一層引き立てるものと思われます。
「ノストラダムスの大予言」によって、
昭和の日本に
空前絶後のオカルトブームを
巻き起こした五島勉という人物は、
一言で言えば
「時代の空気を読む天才」であり、
強烈なジャーナリスト魂を持った
「稀代のストーリーテラー」だったと
いえるでしょう。
五島はもともとオカルトや予言を
専門にしていたわけではなく、むしろ、
非常に硬派なジャーナリズムの世界で
キャリアを積んだ人物だったようです。
東北大学法学部出身であり、
「週刊文春」などで鳴らした
辣腕ライターという
経歴を持っています。
当時の五島に、
出版元の祥伝社の編集者から
「ノストラダムス」の企画が
持ち込まれます。
五島は単に予言を翻訳するのではなく、
自身のジャーナリストとしての危機感を
混ぜ合わせたのでしょう。
「光化学スモッグなどの深刻な公害問題」
「冷戦構造による核戦争の恐怖」
「オイルショック」など、
当時は高度経済成長の
ひずみとしての社会問題が
数多く噴出していた時代です。
五島はノストラダムスの詩を、
これらの現代社会への
警告として超訳し、
「このままの社会が続いていたら、
1999年に人類は滅びる」という
強烈なストーリーに
仕立て上げたと考えられます。
これが「予言」という形を借りた、
時代への痛烈なノンフィクション風
エンターテインメントとして
機能したのです。
五島としては
世間にショックを与えるための
「刺激剤」にすぎなかったのですが、
メディアや大衆は「警告」を飛び越えて、
「1999年7月に絶対滅びる!」という
オカルト的な恐怖のエンタメとして
消費してしまったのです。
これはおそらく五島にとっても
ある種の誤算であり、
コントロールできない
巨大な怪物になってしまったと
いえます。
結果として当時の多くの子どもたちに
恐怖を植えつけたという
罪深い側面はありますが、
彼の本質はオカルト信者というよりも
「大衆を揺さぶる言葉の力を
知り尽くした、
極めて有能なジャーナリストであり、
流行作家だった」というのが
真実のようです。
本書「ノストラダムスの大予言の秘密」を
読むと、こうした五島氏の
「文章の仕掛け」や
「心理誘導のテクニック」を、
著者・高木彬光が神津恭介的ロジックで
一枚一枚剥ぎ取っていく快感が、
より立体的に楽しめるのです。
3 21世紀以降の「ノストラダムス」
これもまた本書の内容とは
直接的な関わりがないのですが、
現代に本書を読むとすれば、
知っておいて損はないと思われます。
21世紀に入り、日本においては
「ノストラダムス」の存在感が
劇的に薄れたのは間違いありません。
かつてのように
テレビのゴールデンタイムで
特番が組まれたり、
雑誌がこぞって特集を
組んだりすることはなくなりました。
しかし海外ではやや事情が異なります。
欧米を中心とする海外では、
ノストラダムスは
忘れ去られるどころか、
今なお「現役のコンテンツ」として
SNSやWebメディアで
消費され続けているのです。
「2001年の9.11同時多発テロ」
「2022年:エリザベス女王の逝去」
「ロシアによるウクライナ侵攻」など、
21世紀に入ってからも
大事件が起きるたびに、
ノストラダムスの詩が引っ張り出され、
情報拡散のネタとして
バズり続けているのです。
日本における
ノストラダムス・ブームは、
「1999年滅亡」という
一本足打法だったため、
期限切れとともに
エンタメとして消費し尽くされ、
過去のものとなりました。
それに対して、もともと
「歴史の答え合わせ」として
楽しむ文化だった海外での反応は、
21世紀のSNS時代や
混迷する世界情勢に合わせて、
今なお最新のニュースに
「こじつけ」られて
配信され続けているのです。
当時の熱狂的な背景や、
五島が仕掛けた
「時代の危機感とのシンクロ」という
カラクリを知った上で
本書「ノストラダムスの大予言の秘密」を
読み返すと、
この作品が単なる「反論書」を超えた、
謎解きミステリ、いや、極上の
「社会派知的エンターテインメント」
として立ち上がってくるのです。
昭和の日本中が「1999年」という
幻影に怯え、
思考停止に陥りかけていた
まさにその渦中で、
高木彬光が神津恭介ばりの
緻密なロジックを武器に、
「テキストを正しく、
客観的に読むとはどういうことか」を
真っ向から提示してみせた。
これは現代でいうところの、
「ファクトチェック」の先駆けであり、
非常に先進的でスリリングな
試みなのです。
ブームの熱が完全に冷め、
21世紀の冷静な視点を持てる
今だからこそ、
当時の読者とはまた違った
「二重の面白さ」を味わえるのが、
この本の幸福な
読まれ方なのかもしれません。
もちろん絶版ですが、
古書を探してお楽しみください。
(2026.7.10)
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〔角川文庫の高木彬光〕

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