
「ふしぎ」は言葉にできない自分の内面
「夕暮れのマグノリア」(安東みきえ)
講談社
…耳に届いたんだ。
あたしたちも、そんなふうにして
きっとだれかに守られている。
信じては
もらえないのかもしれない。
見えないってことは
いないってことにはならない。
世界は見えているものだけで
できているんじゃないってことを
中学生に薦められる本を探して、
素敵な一冊に出会いました。
安東みきえの
「夕暮れのマグノリア」です。
安東みきえの作品についてはこれまでも
「天のシーソー」「ゆめみの駅遺失物係」を
取り上げましたが、
本作品も素敵な世界が広がっています。
〔主要登場人物〕
「あたし」(灯子)
…中学校一年生の女の子。
不思議な体験をしていく。
「おじちゃん」
…「あたし」の伯父。七年前に死去。
庭のマグノリアの木を愛していた。
「おばちゃん」
…「あたし」の伯母。
書道教室を開いている。
美帆ちゃん
…「おばちゃん」の書道教室に通っている
女の子。小学校二年生。亡くなった
祖父のことを思い続けている。
凛さん
…「あたし」の同級生。
周囲から仲間はずれにされている。
きぃちゃん
…「あたし」の同級生。
昔から仲がよかった。苗字は長沢。
千夏
…「あたし」の同級生。
関田くん
…「あたし」の同級生。
「あたし」とともに舞を踊る。
〔本作品の構成〕
プロローグ
竜宮の使い
美帆ちゃんとのふしぎな五月
循環バス
凛さんとのふしぎな七月
真実のハート
千夏とのふしぎな九月
黒森の宵まつり
関田くんとのふしぎな十一月
雪幽霊
きぃちゃんとのふしぎな一月
マーブルクッキー
おばあちゃんとのふしぎな三月
エピローグ
本作品の味わいどころ①
「ふしぎ」は言葉にできない自分の内面
「なんかイライラする、
でも理由がわからない」
「友達は好きだけど、
たまにすごく疲れる」、
中学生に特有の、
言葉にできない「心のトゲ」。
中学一年生は、
感情が大きく揺れ動く時期ですが、
それを言語化する語彙が
まだ追いついていません。
本作の主人公「あたし」、そして
周囲の級友たちの感じる「モヤモヤ」は、
まさに中学生の日常そのものです。
「あたし」が出会う「ふしぎ」は、
雨の日や夕暮れ時。
太陽の隠れた状況、
そして昼とも夜ともいえないような
曖昧な時間。
「あたし」が出会う「ふしぎ」は、
「自分でもよくわからない気持ち」を
抱える中学生にとって、
象徴的に響くはずです。
「なんとなく不安になる」
「友だちとの距離が急にわからなくなる」
「自分がどう見られているか気になる」、
でも言葉にできない。
こうした内面の「揺れ」を、
本作品は「ふしぎ」という形で
そっと照らしてくれるのです。
「この本を読むと、
あなたが今感じている
「うまく言えないモヤモヤ」を、
代わりに言葉にしてくれているのが
見つかるよ」。
そう子どもたちに伝えたい
作品となっているのです。
本作品の味わいどころ②
「ふしぎ」は自分自身で考えるきっかけ
いつもの通学路、いつもの放課後。
でも、ちょっと視線を変えるだけで、
世界には「ささやかな秘密の隙間」が
開いているかもしれない。
スマホやSNSに囲まれ、
現実がガチガチに固定されている
子どもたちにとって、
日常のすぐ隣にある
「ささやかな不思議」は、
とても魅力的な避難所になるはずです。
学校生活の息苦しさを感じている
子にとって、
「現実のルールがちょっとだけ
緩む瞬間」を描いた物語は、
強い引き込み要素になります。
「大長編のファンタジーではないけれど、
日常のほんの一瞬、
奇妙なエアポケットに落ちるような
体験ができるよ」。
そう子どもたちに紹介したい
作品となっているのです。
ただし、大人目線で読んだとき、
主人公や周囲の子どもたちの「成長」が、
「ふしぎ」体験に
依存しすぎているのではないかという
疑問も生じてきます。
それは中学生へのアプローチでは
「強み」に転換できると考えます。
「あたし」は「ふしぎ」によって
救われるのではなく、
「ふしぎ」を通して「自分で考える力」を
少しずつ身につけていくと
とらえるべきなのでしょう。
「友だちとの距離感」
「家族への複雑な思い」
「自分の弱さ」
「他人の痛み」。
本作品の「ふしぎ」は、読み手に対して、
「答え」ではなく「問い」を与える
存在として描かれているのです。
本作品の味わいどころ③
「ふしぎ」は人を「善悪」で単純化しない
「人間って、いい人と悪い人を
どっちかに分かれている
わけじゃないの。
いいところと悪いところと
まだらになっているものなのよ」。
「おばちゃん」は「あたし」に
そう諭します。
これは中学生たちに
自身の狭い視野に気づかせる貴重な
メッセージとしてはたらくはずです。
中学生は、友人関係の中で
「善悪の二分法」に
陥りやすい時期でもあります。
そんな中学生の読み手に、
本作品はやさしく
揺さぶりをかけてくれるでしょう。
「この本は「いい人/悪い人」って
分けたくなる気持ちを、
そっとほぐしてくれるよ」
「灯子が出会う人たちを見ていると、
人ってもっと複雑で、
もっと面白いって気づけるよ」。
そう子どもたちに教えてあげたい
作品となっているのです。
この点についても、
大人の視点で読んだときには
疑問が感じられるはずです。
登場人物たちの「善」「悪」が、
明確に分かれているからです。
作品自体が矛盾を含んでいるように
感じられる可能性があります。
何よりも同級生たちが、
「きぃちゃん」「凛さん」「千夏」と
書き分けられ、「あたし」との親密さが
ストレートに表現されているのです。
しかし、
本作品は「あたし」に寄り添った視点
(というよりもほぼ「あたし」の視点)で
描かれているのです。
成長途中の中学生の目から見た「世界」は
こうした「善」と「悪」が
分かれているように見えるのです。
本作品の核には、
「人は、世界は、
そんなに単純じゃない」という
メッセージがしっかりと流れています。
「いい人に見えても弱さがある」
「嫌な人に見えても事情がある」
「自分自身も「いい/悪い」では
割り切れない」。
読み手の子どもたちの視野は、
確実に広がるはずです。
本作品「夕暮れのマグノリア」は、
そっと寄り添うような物語だからこそ、
子どもたちへの紹介のしかた一つで、
手に取る子どもの心に届く深さが
変わってくるように思います。
どこかの中学校の図書館で、
この本が静かに、でも確かに、
中学生の読み手の支えになることを
祈っています。
(2026.7.13)
〔関連記事:安東みきえ作品〕
「天のシーソー」
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