
罠に落ちる「瀬川目線」がサスペンス
「密告者」(高木彬光)角川文庫
瀬川が再就職した先の経営者から
打ち明けられた仕事は、
七洋化学への産業スパイだった。
その会社の重役は、
瀬川のかつての友人であり、
その妻はかつての恋人だった。
友人たちを裏切ることになる。
しかし金を欲していた彼は…。
〔はじめに〕
高木彬光の検事・霧島三郎シリーズの
第二作です。
殺人事件が相次いで発生、
その容疑者として
瀬川が逮捕されるのです。
しかし筋書きの七割ほどが
「瀬川目線」で語られるため、
読み手にはそれが冤罪とわかります。
冤罪を晴らし、
事件の真相を突き止めるのが
本作品の肝となるのですが、
本来それは弁護士の仕事。
主人公・霧島三郎は検事。
どうやって真犯人を捜し出すのか?
作者・高木彬光の筆が冴えまくります。
〔主要登場人物〕
瀬川繁夫
…失職した元証券マン。
産業スパイとして雇われる。
殺人の容疑者として逮捕される。
山口和美
…瀬川のかつての友人(肉体関係あり)。
瀬川のアリバイ工作を行う。
殺害される。
酒井幹雄
…瀬川の再就職した新和商会の経営者。
瀬川に産業スパイを持ちかける。
大串昭三
…神栄造機の社員。瀬川の知人。
瀬川に酒井を紹介する。
荻野省一
…七洋化学の常務。
瀬川のかつての友人。妻とは不仲。
殺害される。
荻野栄子
…省一の妻。かつて瀬川の恋人だった。
瀬川と再会し、再び想いを寄せる。
室崎俊子
…栄子の妹。独身。
栄子と瀬川の架け橋となる。
荻野勇作
…七洋化学の社長。省一の叔父。
社長としての力量に欠ける。
黒坂卓造
…七洋化学の専務。
岡村正則
…七洋化学の常務。技術担当重役。
西脇恒治
…七洋化学の優秀な技術者。
西脇貞子
…恒治の妻。省一の妹。
藤田利之
…七洋化学秘書課の社員。
近藤節子
…西脇恒治の助手。
倉橋敬蔵
…七洋化学の顧問弁護士。
弓田礼吉
…荻野栄子を告発しようとした弁護士。
北野慎治
…恭子が相談した弁護士。
石田修司
…警視庁捜査一課警部。
北原大八
…霧島つきの検察事務官。
竜田恭子
…霧島の婚約者。室崎俊子は旧友。
霧島三郎
…若手の切れ者弁護士。
二つの殺人事件を担当する。
〔事件の概要〕
①瀬川、和美・大串を介して酒井と会談、
ビジネスパートナーとなる。
②瀬川、俊子と再会、
姉・栄子との再会を勧められる。
③瀬川、酒井から七洋化学への
産業スパイを持ちかけられ、承諾。
④瀬川、省一および七洋化学に接触。
⑤瀬川、栄子と再会、逢瀬に至る。
⑥瀬川、省一の自宅に招かれるが、
スパイ行為が露見し、退散する。
⑦【荻野省一殺害事件】
自宅応接間で殺害される。
⑧警察および検事・霧島、捜査を開始。
⑨【山口和美殺害事件】
アパート自室で殺害される。
⑩瀬川、和美の部屋を訪問、
死体を見て逃走。
⑪瀬川、殺人容疑で逮捕。
⑫弓田弁護士、霧島に荻野栄子を告発。
⑬栄子、自殺。
⑭【竜田恭子襲撃事件】
恭子、栄子の通夜に参列後、
何者かに襲撃される。
犯人現行犯逮捕。事件解決。
〔本作品の味わいどころについて〕
本作品の味わいどころ①
罠に落ちる「瀬川目線」がサスペンス
全350頁を超える長篇作品ですが、
本作品の主役・霧島三郎が登場するのは
1/3にあたる130頁を過ぎたあたりから
(その前に一瞬登場するが)。
その間はずっと「瀬川目線」で
筋書きが語られるのです。
再就職にもかかわらず、
破格の給料を提示された瀬川。
読み手は誰しも
それが罠だと気づくのですが、
作中の瀬川はかつて大金を動かしていた
証券マン。
金を欲していた彼は危険を感じながらも
罠にはまっていくのです。
読み手はハラハラドキドキ。
どのようにして彼の「スパイ大作戦」が
成功するのか、
固唾をのんで見守る中、
彼は荻野からスパイ行為を見抜かれ、
自滅していくのです。
その直後に起きた殺人事件。
彼は見事に「誰か」の張った罠に
落ち込んでいきます。
そのスリリングな体験は、
読み手にも共有される
仕掛けとなっているのです。
本作品の味わいどころ②
敵か?味方か?瀬川に近づく女たち
読み手を興奮させるのは、
そのサスペンス感だけではありません。
なぜか瀬川には
女たちが近づいてくるのです。
一人は偶然再会した二つ年下の友人・
山口和美。
友人といっても、たった一度だけ
夜をともにしたことがあったという
間柄です。当然、
再開後もそうした関係に陥ります。
二人目は室崎俊子。
こちらも偶然の再会を果たすのです。
彼女はかつて瀬川が愛した女性・
栄子の妹。
彼女は義兄・省一と姉・栄子が
不仲になっていることに心を痛め、
瀬川に姉との再会を強く勧めるのです。
三人目はその姉・栄子。
彼女は結婚後も瀬川のことを
想い続けていたのです。
二人の情熱の焔は燃え上がり、
かつての関係が蘇ります。
なぜ瀬川に
ここまで若い女性が集まるのか?
彼に何らかの
男性的魅力があるのでしょうが、
失職して不安定な身です。
当然、味方もいれば敵もいるのです。
霧島健二とともに読み手もその正邪を
見極める必要があるのです。
本作品の味わいどころ③
霧島・大八・恭子のトロイカ体制捜査
読み手は瀬川が無罪であることを
知っているのですが、
客観的に判断すると、
状況的にはどう見ても瀬川はクロ。
霧島はあと一歩で冤罪を
つくり上げるところだったのですが…、
大八と恭子の助言で、
事件の真相を突き止めるのです。
本作品は、霧島自体の切れ味よりも、
大八・恭子の進言を素直に聞き入れ、
虚心坦懐に事件と向き合った
霧島の勝利といえるでしょう。
〔瀬川繁夫の人物像について〕
これだけ素敵な作品なのですが、
冤罪に陥りかけた瀬川繁夫が
なんとも同情できません。
有能な証券マンだったものの
違法性のある行為で失職、
それはまだしかたないにせよ、
金のために恩義のある友人を裏切るなど
言語道断。
しかも栄子を愛していながら
無垢な近藤節子を誘惑したり、
山口和美と関係したりと、
女性関係にも誠実さを欠きます。
「瀬川目線」の部分は
サスペンス感も大きいのですが、
人物に対する嫌悪感も
増大していきます。
高木彬光がそこまで狙ったかどうかは
別として、
「後味の悪い」ミステリの
先駆けともいえる作品です。
〔おわりに〕
怪異性が大きな売り物である名探偵・
神津恭介シリーズとは異なり、
検事・霧島三郎はきわめて現実感のある
社会派推理ものとなっています。
第一作「検事 霧島三郎」以上の
緻密な人物配置、
綿密な取材によるリアル感、
実際的な手法での捜査、
二転三転する「真犯人像」など、
緻密な螺鈿細工を見るような
感覚があります。
高木彬光はまさに
江戸川乱歩、横溝正史とともに
三大巨人と呼ばれるべき
作家と感じます。
本作もやはり傑作と呼ぶにふさわしい
出来映えのミステリです。
ぜひご賞味ください。
(2026.7.24)
〔関連記事:高木彬光作品〕



〔検事霧島三郎シリーズはいかが〕
〔角川文庫:高木彬光作品〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】










