
「削ぎ落とす美学」が生み出した芸術的達成
「昆虫図」(久生十蘭)
(「久生十蘭集 ハムレット」)
ちくま文庫
…フト畳の上を見ると、
乾酪の中で見かける
あの小さな虫が、
そこらいちめんウジョウジョと
這い廻っていた。
いま二人が坐っている
真下あたりの縁の下で、
何かの死体蛋白が乾酪のように
醗酵しかけていることを、
はっきりと、覚った。
〔はじめに〕
久生十蘭の超短編作品です。
文庫本にしてわずか4頁。
粗筋を紹介するまでもないため、
最後の一節を抜粋してみました。
あっという間に
読み切ることができるのですが、
読み終えた後には
じわじわと背筋が冷たくなるという
「恐怖」の凝縮された作品なのです。
〔主要登場人物〕
伴団六
…絵描き。もと薬剤師。
「細君」
…団六の女房。一緒に住んでいたはずが
最近姿が見えなくなる。
青木
…団六の裏の家にひっこしてきた
売れない絵描き。
「女」
…青木の女房。
〔本作品の味わいどころについて〕
本作品の味わいどころ①
「昆虫」観察に擬態したミステリ
本作品の凄さは、
「直接的な殺人の描写」を
一切していない点にあります。
描かれているものを整理すると
以下のようになります。
①団六の家に出現する昆虫の変遷
銀蠅→蝶・蛾→甲虫
→チーズの中に湧くような子虫
②「女」の台詞
「人が死ぬと…埋めるとすぐ
銀蠅が来て、それから蝶や蛾が来て、
それが行ってしまうと
こんどは甲虫がやってくるン」
③ときどき「すさまじい団六の
怒号がきこえてくる」こと
④「細君の姿が見えない」こと
⑤団六が「もと薬剤師」であること
これらが一つに繋がった瞬間、読み手は
「床下に妻の死体が埋められている」
というおぞましい「事実」に
到達するのです。
一切の無駄を省いた
静かな描写だからこそ、ラスト一行の
「覚った」という気づきが
読み手の背筋を冷やす、
極めて計算された
心理的サスペンス・ミステリと
なっているのです。
言葉を飾らず、
観察と淡々とした事実の積み重ねだけで
恐怖を演出する久生十蘭の手腕は
見事としかいいようがありません。
本作品の味わいどころ②
「恐怖」と抱き合わせのユーモア
しかし本作品は、ミステリとして
書かれたわけではないようです。
本作品が発表されたのは
1939年(昭和14年)。
江戸川乱歩や横溝正史といった
「探偵小説」作家が
活躍していた時代です。
作者・久生十蘭は「黒い手帳」などを
「新青年」に発表していましたが、
ミステリ専門の作家ではないのです。
実は本作品が掲載された雑誌は
「ユーモアクラブ」です。
この雑誌は、軽妙な小説・コント・
エッセイ・漫画・ユーモアなどを掲載する
モダンで洒脱な総合娯楽誌として
刊行されていました。
つまり十蘭としては
「笑えないユーモア」として本作品を
書き上げたのだと考えられるのです。
本作品は、
従来の日本の湿っぽく泥臭い探偵小説や
ドロドロした怪奇小説とは明らかに
一線を画すものとなっています。
洗練されたフランス的モダンさや、
その洒脱で無駄のない構成美は、
超一級の「ブラック・ユーモア」として
完成しています。
本作品の味わいどころ③
「検閲」回避の防空壕的システム
本作品が発表された昭和14年は、
内務省による検閲が
厳しくなり始めた時期に相当します。
そのため「検閲で落ちて損害が出る」のを
避けるため、
出版社は探偵小説そのものを
回避する傾向が強まりました。
乱歩や横溝などの
ミステリ専門作家たちは、
「事件性を弱める」
「心理描写中心にする」
「探偵色を薄める」といった「変化」を
余儀なくされたのです。
そうした時代だったからこそ、
十蘭の作品は
強みを発揮できたと考えられます。
十蘭はフランス演劇や新心理主義の
影響を受けており、
感情的な叫びやドロドロした流血描写
(いわゆる乱歩的な「見世物小屋的怪奇」)
を嫌う傾向がありました。
洗練された「散文詩的小説」として、
本作品はそうした「探偵小説」とは
区別されて
受け止められていたはずです。
また、「死体があった」と直接書くよりも、
読み手の脳内に
「床下に腐敗した死体がある」という像を
読み手自身に結ばせるほうが、
サスペンスとして圧倒的に
効果的であることを
十蘭は熟知していたのでしょう。
表面上は一切、
怪奇色を見せていないのです。
本作品の洗練された暗喩表現は、
十蘭の「削ぎ落とす美学」が生み出した
芸術的達成でありつつ、
同時に昭和14年という戦時下の
厳格な出版統制を自ずとクリアする
完璧な「防空壕」としても
機能したといえます(おそらく
十蘭自身にはそうした意図は
なかったと考えられるが)。
時代的な制約を見事に逆手にとり
(あるいは時代と共振し)、
時代を超えて通用する
サスペンスの傑作へと昇華させた
十蘭の凄みがここに現れているのです。
〔おわりに〕
「昆虫図」発表の昭和14年以降は、
日中戦争の長期化により
出版物への検閲が急速に強まりました。
雑誌「ユーモアクラブ」でさえも
「ユーモア」という
敵性語(英語由来)の表記や、
享楽的で軽薄とみなされた内容が、
軍部や内務省から問題視され、
昭和18年には誌名を「明朗」へと
強制的に改題させられました。
紙面も徐々に戦時体制に沿った
国策的な内容へと
移り変わっていくことになりました。
「昆虫図」は、まさに
雑誌「ユーモアクラブ」が
自由なエスプリや洗練された娯楽性を
保てていたギリギリのタイミングに
産み落とされた、
時代の徒花のような
傑作短編であったといえるのです。
ぜひご賞味ください。
(2026.8.17)
〔「久生十蘭集ハムレット」ちくま文庫〕
黒い手帳
湖畔
月光と硫酸
海豹島
墓地展望亭
地底獣国
昆虫図
水草
骨仏
予言
母子像
虹の橋
ハムレット
附録:久生十蘭「刺客」を通じての試論
都筑道夫
刺客
解説 日下三蔵
〔関連記事:久生十蘭作品〕



〔久生十蘭の本はいかが〕
〔全文掲載〕
伴団六は、青木と同じく、大して才能のなさそうな貧乏画かきで、地続きの古ぼけたアトリエに、年増くさい女と二人で住んでいた。
青木がその裏へ越して以来の、ごく最近のつきあいで、もと薬剤師だったというほか、くわしいことはいっさい知らなかった。
職人か寄席芸人かといったように髪を角刈にし、額を叩いたり眼を剥いて見せたり、ひとを小馬鹿にした、どうにも手に負えないようなところがあって、これが、最初、青木の興味をひいたのである。
細君のほうは、ひどく面長な、明治時代の女官のような時代おくれな顔をした、日蔭の花のような陰気くさい女で、蒼ざめたこめかみに紅梅色の頭痛膏を貼り、しょっちゅう額をおさえてうつ向いていた。吉原にいたことがあるという噂だった。
どういういきさつがあるのか、思い切って素っ気ない夫婦で、ときどき、夜半ごろになって、すさまじい団六の怒号がきこえてくるようなこともあったが、青木の前では、互いに猫撫で声でものを言い合っていた。
十一月のはじめ、青木は東北の旅から帰り、その足で団六のアトリエへ訪ねて行くと、団六はめずらしくせっせと仕事をしていた。
日本間のほうを見ると、いつもそこの机にうしろ向きになって、牡蠣のようにへばりついている細君の姿が見えないので、どうしたのかとたずねると、病気で郷里へ帰っているのだといって、細君の郷里の、船饅頭という船頭相手の売笑婦の生活を、卑しい口調で話しだした。
十日ほどののち、いつものようにブラリとやって行くと、団六は畳のうえにひっくりかえって、しきりに手で顔をあおぐような真似をしている。青木が入って来たのを見ると、
「てへ、こりゃ、どうです。どだいひどい蠅で、仕事もなにも出来やしねえ。人間も、馬のように尻尾があると助かるがな」
といって、妙なふうに尻を振って見せた。
なるほど、ひどい蠅だ。
壁の上にも硝子天井にも、小指の頭ほどもある大きな銀蠅がベタいちめんにはりついていて、なにか物音がするたびに、ワーンとすさまじい翅音をたてて飛び立つのだった。どこからこんなに蠅が来たのだろう。季節は、もう十一月だし、すぐ地続きの青木のアトリエには、蠅などは一匹もいなかった。
「天井裏で、鼠でも死んでるんじゃないか」
というと、団六は、
「ああ、そうか。そんな事かも知れねえな」
と、呟きながら、キョロリと天井を見上げた。
一週間ほどしてから、また出かけて行くと、アトリエの周りには、乳剤のむせっかえるような辛辣な匂いが立ちこめていた。
蠅は一匹もいなかった。しかし、今度は蝶々だった。
紋白や薄羽や白い山蛾が、硝子天井から来る乏しい残陽に翅を光らせながら、幾百千となくチラチラ飛びちがっている。そこに坐っていると、吹雪の中にでもいるような奇妙な錯覚に襲われるのだった。
青木は、家へ帰ると、女にいった。
「団六のところへ、こんどはたいへんに蝶々が来ている。行って見ろ、壮観だぞ」
女は、暢気な顔で見物に出かけて行ったがしばらくすると、青い顔をして帰って来て、
「嫌だ。あんな大きな蛾って見たことがない……脂ぎって、ドキドキしていた」
と、気味悪そうに眉をひそめた。その夜半、身近になにか人の気配がするので、ハッとして頭をあげて見ると、女が、大きな眼をして青木の枕元に坐っていた。
「……あたしの郷里では、人が死ぬとお洗骨ということをするン。あッさりと埋めといて、早く骨になるのを待つの。……埋めるとすぐ銀蠅が来て、それから蝶や蛾が来て、それが行ってしまうとこんどは甲虫がやってくるン」
二、三日、はげしい野分が吹きつづけ、庭の菊はみな倒れてしまった。落栗が雨戸にあたる音で、夜ふけにたびたび眼をさまされた。
ある夜、青木は厠に立ち、その帰りに雨戸を開けると、その隙間から大きな甲虫が飛び込んで来て、バサリと畳の上に落ちた。青木はギョッとして思わず、縁側に立ちすくんでしまった。
五日ほどののち、団六のところで将棋をさしながら、青木が、フト畳の上を見ると、乾酪の中で見かけるあの小さな虫が、花粉でもこぼしたように、そこらいちめんウジョウジョと這い廻っていた。
いま二人が坐っている真下あたりの縁の下で、何かの死体蛋白が乾酪のように醗酵しかけていることを、はっきりと、覚った。
底本:
「久生十蘭集 ハムレット」 ちくま文庫

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】







