
前作の「恋愛」「成長」を超えた、「社会改革」の情熱
敵殿
先生を「敵」と呼ぶ
私のばかげた流儀を
やめてもらえると幸甚だと
おっしゃるのですね?
では、些細なことが
うまくいかなくなった途端、
先生が怒り出したり
口汚くなったり、
侮蔑的なことを口走るばかげた
流儀をおやめになれば…。
1 はじめに
「続」と名のつくものに、ろくな作品はない。そう思っていました。本作品についても、ジュディが結婚したあとの物語など、ロマンスも何もないだろう。そう思い込んでいたのです。でも、まったく違います。本作品の主人公はサリー・マクブライド。前作でジュディの親友だった少女です。彼女がペンドルトン夫妻から任されたのはジョン・グリアー孤児院。そうです。本作品は、ジュディが養われていた孤児院の新院長としての、彼女の奮闘記となっているのです。ただし、現代の日本に生きる私たちが読むと、疑問に感じる点も多々生じてしまうことは確かです。
2 主要登場人物
「私」(サリー・マクブライド)
…語り手。ジョン・グリアー孤児院の
院長を任せられる。
ジャービス・ペンドルトン
…孤児院の出資者。
ジュディ・ペンドルトン
…ジャービスの妻。「私」の親友。
リベット
…ジョン・グリアー孤児院の前院長。
ゴードン・ハロック
…「私」の恋人。若手政治家。
ジェイン
…「私」のメイド。
ロビン・マクレイ
…孤児院の嘱託医。
何度も「私」と衝突する。
マギー・マガーク
…マクレイの家の家政婦。
スネイス…孤児院の職員。
マシューズ…孤児院の職員。
サイラス・ワイコフ…孤児院の評議員。
セイディ=ケイト…孤児。
パンチ…孤児。暴れ者。
ドン、クリフォード、アレグラ…孤児。
3 当時のアメリカの状況
本作品は、主人公サリーが旧態依然とした施設を大改革していく様子が描かれたものです。はたして本作品は、作者ウェブスターの「理想」を語った「物語」なのか、それとも当時の米国社会に対する鋭い警鐘だったのか。そうした疑問が生じてくるはずです。
当時のアメリカの孤児院は、まさに前作や本作の序盤に描かれていた「画一的で冷暗な集団生活」が主流でした。しかし、作品が書かれた20世紀初頭(1900〜1910年代)は、まさに「孤児院改革」(児童福祉の近代化)の大波が起きていた変革期でもありました。当時のアメリカの孤児院、特に伝統的な大都市の施設は、以下のような特徴を持っていたといわれています。
①大規模な大部屋収容
何百人もの子どもたちが一つの大きな建物に集められ、大人数で同じ部屋、同じスケジュールで生活した。
②徹底した個性の否定と画一化
作中のジュディが回想するように、お揃いの古着を着せられ、名前ではなく番号で呼ばれることも少なくなかった。食事や学習も軍隊のような規律のもとで行われていた。
③感情面・発達面の無視
「雨露をしのぎ、飢えさせないこと」が最大の目的であり、子どもの心理的成長や「家庭の温かみ」を与えるという視点は欠けていた。
4 ウェブスターと進歩主義運動
本作品で描かれる「孤児院改革」は、著者ジーン・ウェブスターによる「架空の理想」ではなく、当時アメリカで始まりつつあった実在の社会改革運動に基づいています。ウェブスター自身、大学時代に社会学や犯罪学を学び、実際に孤児院や刑務所などの施設訪問を重ねて慈善活動に関わっていました。当時、アメリカでは「進歩主義運動」と呼ばれる社会改革が全盛期を迎えており、児童福祉の分野でも大きな議論が巻き起こっていました。本作品中でサリーが行った改革は、当時の最先端の試みそのものなのです。
作中で描かれる「コテージ方式への転換」(大きな一棟の建物から、小規模な家(コテージ)に分かれて暮らす形へ変更)、お揃いの服をやめ、個性を尊重しようとする試み、栄養改善や屋外遊び・運動の推奨、里親制度や養子縁組の推進など、本作品で描かれるサリーの改革は、すべて当時の実社会の最先端を反映させたものなのです。
5 当時の優生学の状況
本作品に接して気になるのは、ところどころに「優生学」的な遺伝の記述が見られることです。当時はこうした考え方が一般的だったのか、それともウェブスターの偏った見方なのか。当然、そうした疑問が生じるはずです。
結論からいうと、当時の欧米諸国において、優生学は単に「一般的」であっただけでなく、最も先進的で知的な「科学的社会改革論」として広く受け入れられていました。作中で医師のサリーやマクレイが「血統」「遺伝の危険性」「不適者の繁殖を防ぐ」といった議論を展開するのは、当時の知識層にとってごく当然の「科学的知見」だったためです。
当時はメンデルの遺伝法則が再発見された直後であり、「遺伝学によって人類の病気・貧困・犯罪・精神疾患を撲滅できる」という楽観的な科学万能主義が広がっていました。さらに当時の優生学は、一部の過激派の思想ではなく、大学教授、医師、社会運動家、政治家、そしてウェブスターのような高学歴で進歩的な知識人たちが熱心に支持する「先端科学」だったのです。
6 なぜ現代では違和感を覚えるのか
優生学は、第二次世界大戦においてナチス・ドイツが「人種衛生学」として極限まで悪用し、ホロコーストなどの大惨劇を引き起こしたことによって、戦後、国際的に強く否定・批判されることになりました。
しかし、本作品が書かれた1915年当時は、ナチスの惨劇よりずっと前の時代です。著者のウェブスター自身も、決して差別心からではなく、「子どもたちを真に救い、健全な社会を作るための最新の科学的知識」として優生学の考え方を作品に取り入れていたのです。
そのため、現代の私たちが読むと「愛に満ちた心温まる児童福祉の物語」の中に、突然「冷徹な優生学的選別」が混ざっているように感じられ、強いギャップや違和感を覚えることになります。作品に漂うその違和感は、「当時の最高峰の善意と進歩的思想が、いかに時代の制約(後に否定される科学理論)に縛られていたか」を物語る、貴重な歴史的証言といえるのです。
7 本作品の発表当時の評価
本作品は、前作「あしながおじさん」のようなジュディの成長や胸ときめくラブロマンスを期待する現代の読者からすると、このように孤児院改革や優生学、児童福祉といった政治的社会的な主張が前面に出ている印象を受けます。では、本作品は発表当時、どのように受け止められていたのか?
実は1915年の発表当時、この続編は前作に勝るとも劣らない絶賛を受け、大ベストセラーとなっています。現代の感覚では「説教くさい」「政策主張が強い」と感じられる部分も、当時の批評家たちからは「重大な社会問題を、これほどユーモアと魅力にあふれた小説に昇華させた例はない」として高い評価を受けたのです。
8 実社会への影響
この作品の評価を決定づけたもう一つの要素は、フィクションにとどまらず、現実の社会を動かした点です。実際の孤児院経営者や福祉関係者、社会運動家たちが本書を絶賛し、(本作品に登場する)「コテージ方式の導入」「制服の廃止」「個性の尊重」といった孤児院の環境改善を訴えるための「教科書」や「啓発本」として活用しました。
9 おわりに
現代の読者が「続」に対して「ロマンスが後退し、主張が強い」と感じる最大の理由は、作品が提示した社会改革が、現代では「当たり前」になっているからだと考えられます。
本作品の発表当時、 孤児院の改革は「未だ見ぬ先進的な理想」であり、読み手にとって非常に新鮮で情熱的なテーマでした。しかし現代では、福祉の概念が定着したため、社会改革のプロセスよりも、前作のような普遍的な「個人の成長と純愛」のストーリーラインの方が古びず、面白く感じられやすくなっているのです。
「続」といえば、どうしても前作のヒットに甘えた二匹目のドジョウや、蛇足のような作品が多いという印象を持たれがちです。しかし「続あしながおじさん」は、前作の「恋愛ロマンス」「成長物語」という枠組みから一歩進み、当時の社会運動や福祉改革の情熱をダイナミックに巻き込んだ、極めて意欲的で価値ある「続編」なのです。
100年以上前の作品でありながら、当時の先進的な挑戦や葛藤がこれほど生き生きと描かれているのは、まさに著者ジーン・ウェブスターの社会に対する深いまなざしと文才があってこそだと思います。読む価値のある一冊です。ぜひご賞味ください。
(2026.8.24)
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