「百年文庫009 夜」

人生での堪え忍ぶ「夜の時期」

「百年文庫009 夜」ポプラ社

「夜の樹 カポーティ」
凍てつくような冬の夜、
若い娘・ケイは汽車に乗り込む。
唯一空いていたのは
男女の客が座っている
ボックス席のみ。
そこに座り込んだ彼女は、
その席の二人の様子に
異様なものを感じる。
女は親しげに
彼女に話しかけてきたが…。

「曲った背中 吉行淳之介」
行きつけの安酒屋で
背中を丸めて
一人で飲んでいる「男」に、
「私」は酔った勢いで話しかける。
それがきっかけとなり、
「私」は男から
身の上話を聞かされる。
「男」は「私」に、
自分が愛した女性との、
不幸ないきさつを語り始める…。

「悲しいホルン吹きたち アンダスン」
母を亡くし、
父も事故で働けなくなったため、
17歳のウィルは出稼ぎに出る。
汽車で出会ったホルン吹きの
老人からの懇願を受け、
ウィルは彼の妻の経営する
下宿に住むことにする。
老人は毎晩ウィルを訪れ、
愚痴を話し出す…。

百年文庫の今回のテーマは「夜」。
「夜の樹」「曲がった背中」は
主な場面が夜なのですが、
アンダスンの作品は、
下宿の老人から
愚痴を聞かされるのが「夜」であって、
作品全体としては
「夜」の印象はありません。
時間帯としての「夜」ではなく、
人生での堪え忍ぶ「夜の時期」という
意味合いなのでしょう。

「夜の樹」はまさしく人生の「夜」。
前途洋々であるべき女性が、
若くして迎えた人生の「夜」、
おそらく朝は来ないであろう「夜」、
悲惨な「夜」です。
詳しく書かれていない分、
どこまでも想像が膨らみます。

「曲がった背中」もまた、数奇な人生を
背負ってしまった男の「夜」。
いつ明けるとも知れない「夜」。
そんな人生となるきっかけを作ったのも
女と逢瀬を重ねた「夜」。
それを「私」に語ったのも「夜」。
「夜」に始まり「夜」に終わるのです。

「悲しいホルン吹きたち」で
人生の「夜」を迎えているのは
「ホルン吹き」である父親と老人です。
主人公のウィルは「夜」に堪え忍び、
いつか朝を迎える予感を
漂わせています。

「夜の樹」の作者・カポーティは
作家にしては珍しく
新聞のゴシップ欄を賑わす存在であり、
アルコールと薬物に溺れた
「夜」の作家です。

吉行淳之介は著作同様、
私生活も
女性との関わりが深いものであり、
やはり「夜」の作家です。

アンダスンは
日本人にとっては印象の薄い、
日の目のあたらない
「夜」の作家といえますが、
アメリカでは「米国文学の父」として
存在感を発揮しています。

3人とも私にとっては
馴染みの薄い作家でしたが、
本書を読んでのインパクトは
大きなものがありました。
3人の作家とも、
今後著作を読み進めていきたいと
思っています。
百年文庫、やはり切れ味抜群です。

(2019.7.29)

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