「百年文庫049 膳」

きわめてつつましやかな「膳」なのです

「百年文庫049 膳」ポプラ社

「茶粥の記 矢田世津子」
亡くなった良人は、
雑誌に寄稿するほどの
食通として知られている。
同僚たちは良人と
美食談義をしては、
空想の中でまだ知らぬ味わいに
舌鼓を打っている。
しかし、良人は実はその多くを、
実際に食したことは
なかったのだった…。

「万年青 矢田津世子」
笑顔のすてきな福子は
ご隠居(福子の夫の祖母)自慢の
可愛いお嫁さん。
しかし他の孫嫁たちは
無理にご隠居に
取り入ろうとしている。
福子は彼女達の気持ちが
わからなかった。
ある日、孫娘たちは
ご隠居の慰労会を催すという…。

「茶人 藤沢桓夫」
一代で財を成した
袋物問屋の七兵衛は
稀代の吝嗇(しぶちん)。
お茶の会に招かれる一方で、
自分からは絶対招待しない。
その七兵衛が渋々引き受けて
催した茶会は、
極めて珍妙なものだった…。

「鱧の皮 上司小剣」
大阪道頓堀の料亭・讃岐屋の
女将であるお文は、
婿養子である夫に家出され、
一人で店を切り盛りしている。
そのお文のもとへ
夫から手紙が届く。
また金の無心らしい。
手紙の末尾には「鱧の皮を
お送りくだされたく候」と
あった…。

百年文庫第49巻「膳」。
表題どおり「膳」にまつわる
短編4編が収録されています。
ただし「膳」といっても
立派な御膳ではありません。
きわめてつつましやかな「膳」なのです。

「万年青」の福子が自分の夫の祖母に
いつも振る舞うのは「おでん」。
他の孫嫁たちは
懐石料理をはじめとする
値の張る料理を準備する中で、
彼女だけは簡素ながらも
心のこもった
手作りの料理でもてなします。

「鱧の皮」のお文の家出した夫が
金の無心ついでに
所望したものは「鱧の皮」。
蒲鉾づくりで不要となる皮を使った
おつまみのようなものです。
何とも質素です。

「茶人」のけちん坊・七兵衛が
客人に振る舞ったのは、
他人の家から持ち帰った
食材のリサイクル。
倹約もここまで来ると言葉も出ません。

「茶粥の記」の清子の夫にいたっては
料理の空想のみです。
豪華な料理も想像だけなら0円です。

料理同様、登場人物もみな
飾り気のない純朴な人たちです。
福子、清子は
誠実で思いやりのある良い嫁です。
お文もろくでなしの夫に
愛想を尽かしながらも
甘えさせています。
唯一個性が際立っているのが
七兵衛ですが、
彼も憎めない人物です。

そしてこれらの作品を著した
作家自身も同様です。
派手な経歴こそないものの、
矢田、藤沢、上司の3人とも
素晴らしい作品を残しています。
残念ながら3人とも
書店の書棚では
見かけることがなくなりました。
もっと多くの人に読まれて
しかるべき作家だと思います。

(2020.1.28)

【青空文庫】
「茶粥の記」(矢田津世子)
「鱧の皮」(上司小剣)

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