「百年文庫079 隣」

テーマは「隣」、でもふさわしいのは「貧」

「百年文庫079 隣」ポプラ社

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「駄菓子屋 小林多喜二」
「あっつくたら子供にまで馬鹿に
……され……るなんて……」
お婆さんは興奮して泣き出した。
健は何んとも云わずに
内へ入った。
「なあんだ、ちっとも
お客さんがなかったんだなあ……
今朝行ったときと折の中が
そっくりでないか!」…。

百年文庫第79巻のテーマは「隣」。
何やら隣近所のつながりや
地域の連携をイメージさせますが、
実はそうではありません。
三作品に共通する主題を
漢字一文字で表すとすれば
「貧」ではないかと思います。
三作品とも、貧困にまつわる題材を
扱っているのです。

小林多喜二「駄菓子屋」の
お婆さんの店は、
昔はそれなりに繁盛していたのですが、
新しくて小綺麗な菓子店が増え、
経営が傾いていったのです。
かつてはできていた貯金を、
今は切り崩して使い果たし、
さらには質屋に通わなければならない
状況が語られていきます。
つくればつくるほど
赤字になるのですから、
虚しくもなりましょう。
加えて近所の悪童たちが
冷やかしに来るのでは、
我慢の限界を越え、
お婆さんが泣き出しててしまうのも
仕方ないでしょう。

十和田操「判任官の子」の「私」は、
自分と他の「着ているもの」を比較して、
うっすらと「自分の家が貧しいこと」を
理解しつつある年ごろの少年です。
以下に取り上げる一節には、
そうした「私」の心境が綴られています。
級友・三木・花村の二人が
いつも洋服を着ているが、
自分は「洋服」なるものを
一切持っていない、そのことに
軽い引け目を感じているのです。

「判任官の子 十和田操」
県庁の技師の子で
眼痴の三木義秋と
県病院長の子のくせに青しん坊の
背のひょろ高いその上
ドモリの花村隆は
小学生のくせに毎日朝から夜まで
洋服ばかり着ている。
どうしても中学校へ入るまでに
ラシャの洋服が
欲しくてならない。…。

そして三篇目、
宮本百合子「三月の第四日曜」では、
女工・サイの、
工場での勤務と下宿での生活に加え、
姉として弟・勇吉を心配する様子などが
綴られていきます。
そこに現れているのは
やはり「貧困」です。
しかも「詐取」されることによる
「貧困」なのです。
工場からも下宿からも詐取される若者の
実態が克明に描かれています。
それだけではありません。
時代は日中戦争がはじまった昭和13年。
忍び寄る戦争が
暗い影を落としているのです。

「三月の第四日曜 宮本百合子」
女工のサイは、
就職のために上京してくる弟を
早朝の上野駅で迎える。
上京後一度も帰郷していない
サイにとっては、
三年ぶりに会う弟である。
教員に引率され、
大勢の子どもたちが
列車から降りてくる。
その中に弟の勇吉はいた…。

では、この一冊は
相当に暗く重い沈鬱な内容なのか?
決してそうではありません。
そこに必ず
「救い」が見出されているのです。
「駄菓子屋」での「救い」は、
終末に取り上げられる
娘からの手紙です。
「おっ母さんの今迄の苦しみも
 決してそのままに、
 無駄になる筈はありません。
 ……健ちゃんも学校を出れば
 すぐ先生になれるでしょう、
 そしたらねえ。
 ……ええ、もう少しですよ。
 もう少しの我慢ですよ」

「判任官の子」では、
「私」の両親が少ない稼ぎの中から
奮発したのでしょうか、
外套を「私」のために用意する場面が
描かれます。
貧しくても家族の存在そのものの
豊かさが実感されます。
「三月の第四日曜」が
もっとも重い作品ですが、
それでもサイと勇吉の姉弟が、
貧困にも詐取にもそして時代の荒波にも
決して折れることなく生きている姿が
「救い」となっています。

これら三作品の発表年を見てみると、
1924年、37年、40年と、
すべて戦前のものです。
しかし「貧困」は
決して過去の問題などではなく、
現代においても蔓延している
社会病理の一つです。
むしろ現代の貧困の方が、
出口となる光明も見えず、
若い世代の活気にも期待できず、
暗雲が垂れこめたような状態に
なっているのではないでしょうか。
現代でこそ読まれるべき
三作品ではないかと考えます。

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で、なぜ本書のテーマは
「貧」ではなくて「隣」なのか?
実はよく理解できていません。
状況的に「隣近所」が
関係してはいるのですが、
主題としては今ひとつ
弱そうな気がするのですが…。
もしかしたら「貧」だと
イメージが悪すぎて却下されたのか?
いずれ時間をおいて再読し、
また考えてみたいと思います。

さて、「隣」となると思い浮かべるのが
「秋深き隣は何をする人ぞ」
隣近所との繋がりが希薄であることを
表現するフレーズとして、間違った形で
人口に膾炙してしまった句であり、
私も若い時分は誤解をしていました。
実はこの句は、旅の途上で病床に伏した
芭蕉が読んだものなのでした。
晩秋の夜、灯りのこぼれる隣家の住人に
想いを馳せる芭蕉の人恋しさ、
人を愛して止まない温かさが
溢れ出ているとともに、
なんともいえない寂寥感が
滲み出ている句として知られています。
本書のテーマ同様、「隣」を正しく
理解するのは難しいものです。

〔小林多喜二の本はいかがですか〕

〔十和田操の本はいかがですか〕
残念ながら、2023年12月現在、
流通している本は見当たりません。

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