「働きながら書く人の文章教室」(小関智弘)

筆者の背中を見て学ぶ「文章教室」

「働きながら書く人の文章教室」
(小関智弘)岩波新書

持って生まれた
才能というものを、
わたしはほとんど信じない。
文章を書くという作業は
孤独だけれど、
書いたものについて語り合える
仲間を持つことがあったから、
わたしはひとりよがりから
救われた。
少なくともわたしの場合には…。

旋盤工であり作家でもある
小関智弘氏の書いた本が好きで、
これまで何冊か読みました。
岩波新書から
2004年に出版された本書は、
氏が15年間の旋盤工生活に
ピリオドを打った直後に
編まれたものです。
これまでの職人という立場から
書かれたものとはやや異なり、
作家としての立場から
綴られたものなのです。

〔本書の構成〕
一、働きながら書く
二、わたしの読書術
三、走り書きのメモから教えられる
四、編集者との出会い
五、小説の取材、
   ノンフィクションの取材
六、町工場巡礼の旅をする
七、旋盤工・作家のナカグロ
あとがき

本書の味わいどころ①
筆者の背中を見て学ぶ「文章教室」

「文章教室」とありますが、
文章の書き方を
懇切丁寧にレクチャーしているような
内容ではありません。
一応、
第一章は働きながら書くことの概略、
第二章はそのための下地づくり、
第三章は書くための素材集め、
第四章は出版に至るまでの
編集作業に関すること、
第五・六章は取材の方法と実際、
第七章はそのまとめとなるのですが、
直接的な指導にはなっていないのです。

むしろその内容は筆者の自叙伝とも
いうべきものとなっているのです。
旋盤工という職業人でありながら、
同時に文学を愛し、
自ら文章を書いてきた
自身の半生を振り返っているのです。
つまり、読み手の私たちが本書から
「文章の書き方」を学ぶとすれば、
それは筆者の背中を見て
学ぶしかないのです。

職人的といってしまえば
それまでかもしれません。
昭和の旧時代の指導法と
言えなくもありません。
しかし、手取り足取り教授しなければ
書けない文章など、
人の心に伝わるようなものには
なり得ないのではないでしょうか。
「背中を見て学ぶ」ことは、
「自ら学ぶ」ことであり、
受け身ではない
積極的な学びであるはずです。
そうでなければ人に読ませる文章など
書けないのかもしれません。
この、筆者の背中を見て学ぶ
「文章教室」という体裁こそ、
本書の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本書の味わいどころ②
人はなぜ働くのかという問いかけ

筆者の自叙伝ともいうべき本書は、
したがって旋盤工としての
自らの職業観、さらには
取材した職業人たちの
それぞれの職業に対する姿勢が、
随所に織り込まれてあります。
工場の職人という職業は、
決して大金持ちになれるような
職業ではなさそうです。
しかし自らつくり上げたものが
世の中に出て誰かの役に立つことに、
みな誇りを感じていることが
描かれているのです。

金儲けのための方策や
資産の運用ばかりが
クローズアップされる現代ですが、
そうした金銭的欲望とは
まったく逆方向の考え方が
示されているのです。
それは読み手に対して
「働く意味」の提示を強く求めてきます。
この、「人はなぜ働くのか」という
問いかけについて考えることこそ、
本書の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本書の味わいどころ③
旋盤工と作家、小関智弘の生き方

第七章「旋盤工・作家のナカグロ」には、
旋盤工であるとともに
作家でもある自身の在り方が
綴られています。
「ナカグロ」とは「・」のこと。つまり
「旋盤工作家」
(旋盤工をしている作家)ではなく
「旋盤工・作家」であることを、
筆者は強く
意識しているということなのでした。
「旋盤工」が
作家に付随するものではなく、
「作家」が旋盤工の余芸なのでもなく、
どちらも全力で
取り組んできたということでしょう。

そこからは、筆者が一人の技術者として
誇りと信念を持って51年もの間、
旋盤工を続けてきたことが
伝わってきます。
同時に物書きとしても、
高額の印税を
手にしたようすではなさそうですが、
作家としての矜持を毅然と保って
生きてきたことがうかがえます。
そこには私たちが学ぶべき
生き方の規範が示されているのです。
この、全編にわたって記されている
筆者・小関智弘の生き方こそ、
本書の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

数年前の初読以来、折を見て
部分的に読み返していましたが、
今回、通して再読してみました。
深い感銘を受けるとともに、
氏のように書きたいと思いながらも
まったく踏み出せていない
己のふがいなさを
痛感している次第です。

(2025.11.10)

〔関連記事:小関智弘氏の書いた本〕
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