
「死」という過酷な現実から浮かび上がる「生」
「百年文庫068 白」ポプラ社
百年文庫第68巻を読了しました。
実は本書を読んだのではなく、
三作品ともそれぞれの作家の作品集を
通じて読みました。
三作品をアンソロジーとして
一つに集めたとき、
それぞれの作品集に
収録されているときとは
違った見え方がしてきました。
〔ポプラ社「百年文庫068 白」〕
冬の蠅 梶井基次郎
春の絵巻 中谷孝雄
いのちの初夜 北条民雄
「冬の蠅 梶井基次郎」
冬の蠅とは何か?
よぼよぼと歩いている蠅。
指を近づけても逃げない蠅。
そして飛べないのかと
思っているとやはり飛ぶ蠅。
彼等は一体どこで夏頃の不逞さや
憎々しいほどのすばしこさを
失って来るのだろう。
色は不鮮明に黝んで、…。

〔「冬の蠅」味わいどころ〕
①緩やかな死を体感する人間の悲しみ
②病にあってなお自らをいたぶる精神
③突然の変化に左右される人間の弱さ
病の身でありながら
冬の寒い日に放浪した「私」が、
療養している宿に帰還すると、
それまで飛んでいた「冬の蠅」が
姿を消していることに気づくのです。
「私」が部屋を空けている間、
寒気によって死滅したのです。
「私はそのことに
しばらく憂鬱を感じた。
それは私が彼等の死を
傷んだためではなく、
私にもなにか私を生かし
そしていつか私を殺してしまう
きまぐれな条件が
あるような気がしたからであった。
私は其奴の幅広い背を
見たように思った」。
死滅した蠅に、自らの運命を
重ね合わせたものと考えられます。
そしてそれは、突然の環境の変化に
その運命を左右される人間の弱さを
鮮明に浮かび上がらせているのです。
それこそが、梶井が病の中から得た
一つの諦念であり、
純白な心の在り方なのだと感じます。
「春の絵巻 中谷孝雄」
「こんな美しい風景を見ていると、
生れて初めて春に逢ったような
気がするじゃないか…」
岡村はひとりではしゃぎながら、
やがて又三人に背を向けて、
対岸の風景に目をやった。
その態度には、
何か他人のことを
顧みないようなものが…。

〔「春の絵巻」味わいどころ〕
①対比される古都京都の顔
②対比される青春の光と影
③写し出される時代の潮目
作品冒頭に描かれるのは、
石田たちが出かけた花見の風景。
舞台である京都・嵐山の風景が、
色彩豊かに表現されています。
その華やかな花見で浮かれる嵐山で、
石田たちと偶然顔を合わせた
級友・岡村は、三人と別れたその後、
自ら命を絶つのです。
一方で若くして「死」を選ぶ
若者を描きながら、
他方で「生」が描かれているのです。
「死」については、
事故や病によるものではありません。
自ら望んだ「死」なのです。
そして「生」はその命の輝きが
最も発露している
「恋」として描かれます。
死への憧憬と生への渇望、
それらは強烈なコントラストで
読み手に迫り、それゆえに
「生」は白く浮かび上がってくるのです。
「いのちの初夜 北條民雄」
誰でも癩になった刹那に、
その人の人間は亡びるのです。
死ぬのです。
けれど、僕らは不死鳥です。
新しい思想、新しい眼を持つ時、
全然癩者の生活を獲得する時、
再び人間として生き復るのです。
新しい人間生活は
それから始まる…。

〔「いのちの初夜」味わいどころ〕
①激しく葛藤する「希望」と「絶望」
②「生きる」ことの意味を問い直す
③隔離施設の実態を後世に伝える
「僕思うんですが、
意志の大いさは
絶望の大いさに正比する、とね。
意志のないものに
絶望などあろうはずが
ないじゃありませんか。
生きる意志こそ絶望の源泉だと
常に思っているのです」。
佐柄木が尾田に対して諭す言葉は、
病と闘い、病を克服して
生を勝ち取ることではないのです。
それまでの生をあきらめるとともに、
ハンセン病を受け入れ、
ハンセン病患者としての
新たな人生を生きることなのです。
主人公・尾田が
入所当初の作者の姿だとすれば、
佐柄木は作品執筆当初の、
「生きる」ことについての悟りを開いた
作者の精神を宿しているのでしょう。
尾田と佐柄木の対話は、
作者自身の心の問答であり、
暗い絶望の中から
白く光る小さな希望を見いだした
魂の変遷と考えることができるのです。
三作品とも、
「生」と「死」が主題となっています。
「冬の蠅」と「いのちの初夜」は
ともに病による「死」、
「春の絵巻」は自死と、
若干の違いはあるものの、
「死」を迎え入れているのは
すべて若い年代の登場人物たちです。
本来ならば、もっとも強く「生」の光が
輝く年代であるにもかかわらず、
漆黒の「死」を見つめなければならない
残酷さに心が痛みます。
いや、だからこそ、
「生」が形あるものとして
見えてくるのでしょうか。
三作品とも、「生」と「死」を対比させ、
背景にある「死」の黒の中に「生」の白を
浮かび上がらせているのです。
それぞれ単独で読んだ場合には、
その「死」の暗さが先に立ち、
陰鬱な雰囲気を
強く感じてしまうのですが、
三作品を並べてみると、
むしろ「生」の輝きこそが
前面に押し出されてくるのです。
それゆえのテーマ「白」なのでしょう。
さて、三人の作家たちです。
生没年を確認すると、
梶井基次郎:1901–1932
中谷孝雄:1912–1995
北條民雄:1914–1937
となっています。
梶井、北條が早逝したため、
文学的な交流はなさそうですが、
梶井と中谷は実は「青空」という
同人誌で活動をともにしています。
梶井が三十一歳の若さで世を去ったのち
中谷は「梶井基次郎」という伝記を執筆し
生涯をかけて友人の才能を
世に知らしめることに
尽力しているのです。
また、梶井基次郎を見出したのは
川端康成なのですが、
北條民雄の才能を最初に見出し、
世に送り出したのも川端でした。
北條民雄は、川端康成を介して
梶井基次郎の精神的系譜に
連なっていると
考えることができるのです。
文学的つながりは、
しっかりと存在しているのです。
いや、「死」という過酷な現実を
「冷徹なまなざし」によって
文学的な「美」へ昇華させようとした
その強靭な精神性こそ、
三人の作家たちを結びつけている
要素と考えるべきなのでしょう。
私たちもまた、健康的であるうちは、
「死」を考えずに生活しています。
いや、「死」から
目を背けて生きているといって
いいのかもしれません。
それでいいのです。
常日頃から「死」を見つめていれば、
気持ちが落ち込むだけですから。
だからこその読書体験です。
「死」を受け入れた
若者たちの心にふれながら、
自らの「生」を
噛みしめることにしましょう。
(2026.3.11)
〔青空文庫〕
「冬の蠅」(梶井基次郎)
「いのちの初夜」(北條民雄)
〔関連記事:梶井基次郎作品〕
「檸檬」①
「檸檬」②
「檸檬」③
「密やかな楽しみ」
「桜の樹の下には」
「Kの昇天」
〔梶井基次郎の本はいかがですか〕
〔中谷孝雄の本はいかがですか〕
〔北條民雄の本はいかがですか〕
〔関連記事:百年文庫〕




【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】








