「歎きの遊女」(横溝正史)

謎の女・お粂の魅力、そしてお粂を口説く佐七

「歎きの遊女」(横溝正史)
(「人形佐七捕物帳傑作選」)角川文庫
(「完本 人形佐七捕物帳一」)
 春陽堂書店

水の垂れそうないい女が
茶を点てているのを目にした
佐七と辰は、
目つきの悪い浪人がその女を
監視していることに気づく。
直後、酔っ払いが
女に絡んだかと思うと、
別の一団が加わり、
気がつけば男が一人、
簪で刺し殺されていた…。

横溝正史の時代もの、
人形佐七捕物帳の第三話です。
本作から佐七の子分である
巾着の辰が登場、
さらにはお粂が佐七の女房となる
いきさつの事件が描かれたものとなり、
三作目にして
大きな転換点を迎えた形になります
(もっとも、辰の初登場は
本作の後でしたが、
横溝が佐七シリーズにも
多くの改稿を施したため、
発表順に作品を並べると、
このようにいささか辻褄の
合わない部分が出てきます)。
さて、このめでたいお話は
どのように展開するのか?

【捕物帖〇〇三「歎きの遊女」】
〔主要登場人物〕
お粂
…東雲太夫の名で売れていた元花魁。
 二十三。
 事件後、佐七の女房に落ち着く。
お銀…お粂の女中。
「目つきの悪い浪人」
…お粂を監視していた浪人。
「折助」
…酔っ払ってお粂に絡んできた折助。
「大工の一団」
…折助のあとに、さらに絡んできた
 十五六名の大工の一団。
 染五郎の率いる一団。
「ひょっとこ面の男」
…「大工の一団」に混じり、
 「折助」を殺害した謎の男。
留吉
…花見に来ていた大工の一人。
染五郎
…お粂に絡んできた大工集団の棟梁。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
巾着の辰…佐七の乾分。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
〔事件のあらまし〕
⑴飛鳥山での花見
・佐七と辰、
 花見席でお粂に目を奪われる。
・目つきの悪い浪人、お粂を監視。
・折助、お粂に絡み、何かをささやく。
・酔った大工の一団、お粂に絡む。
・その中の「ひょっとこ面の男」、
 お粂の簪を抜き取り、折助を刺殺。
⑵佐七、誘拐
・佐七、偽の伝言で乗り付けた駕籠で
 お粂のもとへ。
・佐七、お粂の依頼で、
 お粂を身請けした侍を尾行。
⑶武家屋敷内での惨劇
・佐七が尾行した侍の武家屋敷で、
 三名の死体発見される。
・事件解決。

本作品の味わいどころ①
吉原花魁お粂の妖しい魅力

何といっても謎の女・お粂が魅力的です。
かつて名を馳せた花魁ですから、
色っぽさは抜群です。
身請けされて一線を退いたとはいえ、
まだ歳は二十二、三。
若さも十分です。
その上、武家の女らしい「たしなみ」も
持ち合わせているのです。
それでいて、岡っ引きである佐七を、
籠屋を使って自らの屋敷へと誘拐する
(その上での身の上相談)大胆さも
見せているのです。
いったい彼女の正体は?

佐七にしょっちゅう焼き餅を焼く
所帯じみた女房のお粂は、
かつてこんな妖しい女だったのです。
ある程度このシリーズを読むと、
この落差がかえって素敵に感じます。
この、元花魁お粂の妖しい魅力こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
お粂に近づく怪しい男たち

飛鳥山の事件に関わったのは、
①お粂を監視していた
 目つきの悪い浪人、
②酔っ払ってお粂に絡んだ折助
 (武家で使われた下男のこと)、
③さらに絡んできた
 十五六名の大工の一団、
④その中のひょっとこ面の男、
という面々です。
これらが次から次へと
お粂の周りを取り囲むのです。
騒ぎが過ぎれば、
②の男が刺殺され、
①④の男が行方をくらましています。
しかもお粂を養っている
(身請けしたにもかかわらず
手を出さない)正体不明の
武家人の存在も謎を深めています。
この男たちの正体は?

実は複雑に入り組んだ
事情があるのです。
上の「主要登場人物」には
記しませんでしたが、以下の三名が
その「事情」に絡んでいます。
熊谷武兵衛
…名を隠してお粂の世話をしていた。
 自ら切腹。
熊谷新之助
…武兵衛の弟。斬り捨てられていた。
磯谷九郎右衛門
…お粂の父親。獄死。
つまり、事件はお粂の出自にも関わる
根深いものだったのです。
この、お粂に近づく怪しい男たちの
駆け引きこそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
活躍せずお粂を口説く佐七

「事件のあらまし」を
見ていただければわかるのですが、
この一件、
佐七はまったく活躍をしていません。
花見の席では、
手をこまねいているうちに
殺人事件が発生します。いわば
佐七の目の前で起きた殺人なのです。
その後の捜査でも佐七は、
下手人の見当さえつかめない始末です。
ようやくお粂から
事件の謎を解く鍵を与えられ、
怪しい侍を尾行するのですが、
その武家屋敷内では、
すでに惨劇が行われていたのです。
またしても佐七のすぐ近くで
大事件が起きているのです。
今回の佐七、活躍もなし、推理もなし、
いいところのまったくない
佐七なのです。

唯一、その佐七が行ったのは、
お粂を口説き落とすことでした。
この世に嫌気がさしたお粂は
尼にでもなろうかと嘆くのですが、
そこへすかさず佐七が
「よかったら、
 あっしのところへきてくんねえな」

この、活躍せずとも
お粂を口説き落とすことには成功する
佐七の姿こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

事件関係者の女性を口説き落としたのは
横溝作品では、
由利麟太郎もその一人です。
横溝作品の戦前の主人公は、
イケメンだった分、
女好きだったのでしょう。
それに比べて戦後に登場した金田一は
女性に全く無縁でした
(「獄門島」「女怪」で女性を口説くが、
あっさりふられる)。

というわけで、今回は
佐七が推理したり悪人を追い詰めたり
したのではありません。
真相はすべてが終わったあとに
明らかになるのです。
佐七の捕物帳は、
ミステリというよりも
事件を舞台にした人情ものの要素が
色濃くなっています。
それもまた一つの味わいなのです。
人形佐七、ぜひご賞味ください。

(2018.1.2)

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