
単純な事件、ひねりの効いた「真相」
「印度林檎」(角田喜久雄)
(「新青年傑作選集1」)角川文庫
女は、四度目に会ったその日、
ようやく名前を明かし、
良輔を自宅に招き入れた。
しかし電気が消えたその一瞬、
突如現れた覆面の男が
良輔を襲撃、
彼は椅子に縛り上げられる。
覆面の男は
隣室で着替えていた女を射殺し、
姿を消す…。
1920年から1950年頃にかけて、
国内外のミステリを集めて
読者に紹介した雑誌「新青年」。
そこで活躍した探偵小説作家の多くは、
現在忘れ去られようとしていますが、
収録された作品は、現在読んでも
味わい深いものばかりです。
本書「新青年傑作選集1」は、
そうした過去の作品を集めた
アンソロジーです(本書自体も
過去のものとなって久しいのですが)。
〔主要登場人物〕
明石良輔
…雑誌「新東洋」記者。
「推理の世界」欄担当。
招き入れられた女性宅で縛り上げられ
殺人の容疑者とされる。
木内京子
…殺害された女性。二十二歳。
木内昭三
…京子の夫。胃がんのため入院中。
木内雄二
…昭三の弟。左利き。事件の当日、帰宅。
木内田鶴子…昭三の母親。
岡田警部…事件の捜査主任。
本作品の味わいどころ①
事件を解決しない探偵役「明石良輔」
縛り上げられた良輔は、
明け方近くに
ようやく縄目を解くことに成功、
警察に通報するのですが、
当然のこととして
容疑者の一人となります。
はじめて読む方はおそらく、
彼が縛り上げられるまでの
記憶をたどり、
わずかな証拠から真犯人を暴き出し、
自らの容疑を晴らすという展開を
予想するでしょう。
まったく違います。
容疑は晴れるのですが、
「殺害する理由がない」ことと
「真犯人なら警察に通報せずに
姿を消せばいいはず」という、
かなり簡単な説明で釈放されるのです
(当時の警察はそんなことでは
釈放しないのではないかと
思われるが…)。
釈放後、
彼が雑誌記者という立場を活用して
情報を集め、
事件を解決するのか思えば、
またしても肩透かしを食らいます。
最終的な解決は、
真犯人が良輔に宛てた
告白書によるのです。
しかしそのおかげで筋書きの面白さが
十二分に引き立っているのです。
この、事件を解決しない探偵役
「明石良輔」の存在による
筋書きの面白さこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
なお「明石良輔」はシリーズ化しており、
その全九篇を論創ミステリ叢書
「角田喜久雄探偵小説選」で
読むことができます。
本作品の味わいどころ②
すべての容疑者は釈放、犯人は誰?
殺害された女性・木内京子は素行不良。
つまり夫の出征中から姦通を重ね、
奔放な性生活を送っていたのです。
したがって殺害の動機を持っているのは
関係を持った男性、
もしくはその夫と
その家族ということになります。
しかし前者の可能性は早々と否定され、
後者も昭三が病気療養中、
雄二は帰宅直後である上、
左利き(犯行は右利きの人間と立証)で
あるために容疑者から外れ、
さらに良輔が覆面の人物は
「男」であることを証言したため
田鶴子も外れます。
結果として、良介を含む
すべての容疑者が釈放されるのです。
登場人物は限定的、
犯人はその中にいないと
ミステリとして成立しません。
犯人はいったい誰?
犯人はどのように犯行を
隠すことができたのか?
その謎を考えることこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
単純な事件、ひねりの効いた「真相」
というわけで、
事件そのものは単純であり、
特別なトリックはなさそうです。
しかも名探偵は謎を解き明かしません
(解き明かせません)。
それでいてその後に明かされる「真相」は
納得できるものであり、
ミステリとして十分に練られた面白さを
感じます。
この、単純な事件でありながらも
ひねりの効いた「真相」を隠している
構成こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
なお、表題は
「印度林檎」というミステリらしくない
ものとなっています。
事件前、
良輔とともに喫茶店に入った京子が
注文して食べた林檎の品種が
「印度林檎」であり、
被害者の胃の内容物として、
死亡の三十分前に食べたものが「林檎」、
そしてそれが事件の真相と
大きく関わっていることから
付されたものでしょう。
それにしても
林檎がメニューに載っていて、
それを注文した客が自分で皮をむいて
食べるという形の喫茶店が
当時あったのか?
そちらの方がミステリアスです。
また、若い方であれば「印度林檎」
(甘みは強く、酸味はない、現在は
ほとんど生産されていない)と聞いても
まったくピンとこないでしょう。
戦後間もない1947年発表の本作品、
かなり時代を感じさせる
描写が多いのですが、
味わい深いものがあります。
「印度林檎」、本物ではなく本作品を、
ぜひご賞味あれ。
(2018.4.1)
〔「新青年傑作選集1」〕
永遠の女囚 木々高太郎
家常茶飯 佐藤春夫
変化する陳述 石浜金作
月世界の女 高木彬光
彼が殺したか 浜尾四郎
印度林檎 角田喜久雄
蔵の中 横溝正史
烙印 大下宇陀児
〔角川文庫「新青年傑作選集」〕
「1 犯人よ、お前の名は?」
「2 モダン殺人倶楽部」
「3 骨まで凍る殺人事件」
「4 ひとりで夜読むな」
「5 おお、痛快無比!!」
〔関連記事:角田喜久雄の作品〕


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