「青年」(森鷗外)

日本文学黎明期に完成した格調高い成長物語

「青年」(森鷗外)新潮文庫

「青年」(森鷗外)
(「森鷗外全集2」)ちくま文庫

作家志望の青年・小泉純一は、
上京し、著名作家を訪ねたり、
医大生大村に啓発されたりして
過ごしていた。
ある日、観劇の際に
偶然隣り合わせた
坂井未亡人と知り合い、
以後親しくなる。
次第に彼は未亡人のことが
忘れられなくなり…。

そしてついに純一青年は
未亡人と関係してしまうのでした…。
などと書くと、
低俗な昼ドラに堕してしまいます。
もちろん文豪鷗外
そのようなことを
堂々と書くはずがありません。
鷗外は純一に日記として
次のように記させています。
「己は知らざる人であったのが、
 今日知る人になったのである。
 そしてその一時涌き立った波が
 忽ち又斂まって、
 まだその時から
 二時間余りしか立たないのに、
 心は哲人の如くに

 平静になっている。」

男女関係を「知る人になった」という、
純一の遠回しな告白だけが存在し、
事実は全く記載されていません。
性交渉の事実を伏せながら、
読み手が察することができるような
書き方にとどめておく表現手法は、
源氏物語の昔から
日本文学には好まれてきたのですが、
鴎外の場合はそれとは異なります。

その後に続くのは、
何とも悩ましい葛藤です。
「己はそれに気が付いて、
 意識が目をはっきり
 醒ますと同時に、
 己はひどく自ら恥じた。
 己はなんという怯懦な人間だろう。
 なぜ真の生活を
 求めようとしないか。
 なぜ猛烈な恋愛を
 求めようとしないか。
 己はいくじなしだと自ら恥じた。」

本作品に描かれているのは、
青年らしい感情の表出を極力排し、
理詰めで自分自身と向き合った
「自己との対話」なのです。
いや、「一人議論」と言ったほうが
適切でしょうか。

その「一人議論」の末に、
彼は自分の肉体的欲求に打ち勝ち、
未亡人の誘惑をも退け、
文学に生きることを志すのです。
そうです。
本作品は青年の成長物語なのです。

昨今の「成長物語」のように
爽やかな展開など、
本書には存在しません。
未亡人と対極にあるような
少女・お雪が登場するため、
最後にはそちらと
成就するのではなどと
余計な期待をすると失望します。
鷗外版成長物語は
どこまでも辛口なのです。

二年前に発表された漱石「三四郎」
比較されることの多い本作品です。
若さの溢れる三四郎と比べて、
純一はどこまでも理論づくで、
冷徹で落ち着いています。
日本文学黎明期に完成した
格調高い成長物語、
高校生にぜひ読んで欲しい一冊です。

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