「百年文庫046 宵」

「明」と「暗」の重なり合いを描いているのか

「百年文庫046 宵」ポプラ社

「十三夜 樋口一葉」
裕福な家に嫁いだ阿関(おせき)は、
夫の冷たい仕打ちに耐えきれず、
家を飛び出し実家に戻ってきた。
幼児を残し、
二度と帰らぬ覚悟であったが、
父親に諭された彼女は、
死んだつもりで
子どもを育てる決意をする…。

「置土産 国木田独歩」
盆の宵、親も女房もいない
気楽な油売りの青年・吉次は、
茶屋の娘・お絹を誘って出かける。
吉次は軍人として
大陸に渡る夢を持っていた。
そのことをお絹に
相談するつもりだったが、
吉次は話しそびれてしまう…。

「うたかたの記 森鴎外」
ドイツ・ミュンヘンに留学中の
日本画学生・巨勢は、
以前ドレスデンで一目惚れをした
マリイと再会する。
マリイはいきなり巨勢に接吻する。
驚く巨勢に、友人・エキステルは
彼女が狂っていることを告げる…。

百年文庫26冊目読了です。
この一冊は樋口一葉、
国木田独歩、森鴎外と、
明治の大文豪三人の
揃い踏みといった感があり、
これまでの26冊の中でも
極めて密度の大きい一冊でした。

ここで考えたいのはテーマ「宵」です。
作品の舞台としては、
「うたかたの記」の終末で
マリイが湖水に溺れるのは
午後7時以降ですから「宵」と言えます。
ところが独歩作品で
吉次が櫛を「置土産」する場面は
午後10時以降、
「十三夜」で阿関が実家を訪れるのは
「子どもを寝かしつけてから」ですから、
「宵」とは言えないと思うのです。
だとすれば「宵」の意味するところは?

「宵」は夜の始め。
昼と夜の境目です。
「明」と「暗」の交錯するところと
考えられます。

「十三夜」では
「夫からの虐待」と
「我が子と暮らすこと」との間で
阿関の心は揺れ動きます。
「置土産」では
吉次の置土産の櫛と金子は
確かにお絹の手に渡るのですが、
彼の気持ちはまったく届いていません。
「うたかたの記」の
巨勢とマリイの幸せな出会いは
一瞬にして暗転します。
三篇とも「明」と「暗」の重なり合いを
描いているのです。

さて、
本書の特徴は「総ルビ」、
つまり全ての漢字に
ふりがなが付いていることです。
私は「総ルビ」を誤解していました。
子どものためのものだろうと。
分からない漢字は
調べればいいだろうと。
違いました。
ルビがあることにより、
現代人であっても
文語文をテンポ良く
読み進めることができるのです。

実は三篇とも
それぞれの作家の短編集で所有し、
すでに読んでいました。
そちらの方は「総ルビ」ではありません。
「うたかたの記」などは
かなり難渋したのですが、
「総ルビ」は幾分楽に
読み進めることができました。

文語体は本来、
文章にリズム感があるのですが、
慣れない文体と難解な漢字のために、
私などは所々で停滞してしまい、
その快さを味わえないでいました。
格調の高さという
紙面から受ける印象は失われますが、
テンポ良く読めることで
得られるものの方が多いと思われます。
日本語の素晴らしさを
再認識できました。

明治の大文豪が描いた
「光」と「闇」が織りなす人生模様を描いた
文語文三篇。
中高生にも大人の貴方にも
強くお薦めします。

(2019.9.30)

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