「百年文庫061 俤」

はかない「俤」を辿る作品三篇

「百年文庫061 俤」ポプラ社

山の手の子 水上瀧太郎
お屋敷の子の「私」は
町っ子と遊ぶことを
禁じられていた。しかし、
一人遊びに飽きた「私」は、
下町の子たちと
すぐに仲良くなる。
そして魚屋の娘のお鶴に
「私」は心を奪われる。
しばらく外出を
禁じられていた「私」が
お鶴に会うと…。

百年文庫も、
一冊まるごと取り上げるのも
これで33冊目、
1/3を紹介し終えることとなります。
第61巻のテーマは「俤(おもかげ)」。
テーマに見事に合致した
三篇が収められています。

「オクタヴィ ネルヴァル」
イタリアを見たいという
はげしい欲望に
かりたてられたのは、
一八三五年春のことであった。
意のままにならない恋は
パリに残して、
私は発たなくてはならなかった。
この気晴らしによって
あの恋から逃れたいと
思ったのである。…。

はかない「俤」を辿る作品三篇です。
「山の手の子」では
「私」がお鶴に寄せた恋愛感情以前の
「あこがれ」に似た思いが
美しい日本語によって綴られています。
「オクタヴィ」では
「私」の夢とも現実ともつかない一夜が
幻想的に描かれています。
「千鳥」では
お藤さんとの僅か二日間の邂逅が
「自分」のかけがえのない追憶として
描出されています。

そして三篇とも
過去をしみじみと回想する
形となっています。
それもかつて失った女性についてです。
それぞれの語り手が、
自らの大切な思い出を
丁寧に紙に包んで
箱にしまい込んでいる、
その作業を見ているような
印象を受けます。

「千鳥 鈴木三重吉」
夏に避暑に訪れて以来、
二度目となるある小さな島へ
やってきた「自分」。
逗留先の
小母さんの家に上がると、
夏にはいなかった
少女・お藤さんがいた。
彼女とは以前からの
知り合いのように
接することができた。
しかし彼女は二日後…。

「俤」ははっきりとは見えないから
「俤」なのです。
そのためでしょうか、
捉えにくい作品ばかりです。
「オクタヴィ」は
表現手法や作品構造も含め、
わかりにくい作品です。
「千鳥」は意図的に
明確な事実描写を避けています。

さらに三篇の作者自身も、
現代では「俤」のような存在といえます。
水上瀧太郎は現在文庫本を含め、
その作品のほとんどが絶版状態です。
美しい日本語を駆使して作品を
編み上げた作家の一人なのですが、
残念な限りです。
ネルヴァルは19世紀に活躍した
フランスのロマン派詩人です。
没後160年以上経っています。
鈴木三重吉は児童文芸書「赤い鳥」の
創刊者として有名ですが、
その著作には現在では
なかなか接することができません。

他では出会うことのできない
貴重な作品三篇です。
これこそアンソロジー
醍醐味といえます。
秋の夜長にいかがでしょうか。

(2021.10.27)

Selling of my photos with StockAgencies is not permittedによるPixabayからの画像
created by Rinker
ポプラ社
¥2,392 (2024/06/18 02:05:20時点 Amazon調べ-詳細)

【青空文庫】
「山の手の子」(水上瀧太郎)
「千鳥」(鈴木三重吉)

【今日のさらにお薦め3作品】
①素敵な長編
 「あの家に暮らす四人の女」
 (三浦しをん)

②安部公房はいかが
 「洪水」(安部公房)

③しみじみとした味わい
 「大洗の月」(井上靖)

【関連記事:百年文庫】

【百年文庫はいかが】

created by Rinker
ポプラ社
¥511 (2024/06/18 14:13:02時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
ポプラ社
¥709 (2024/06/18 12:16:24時点 Amazon調べ-詳細)

【こちらはいかが】

created by Rinker
¥13 (2024/06/19 01:17:22時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥704 (2024/06/18 10:16:25時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥506 (2024/06/18 02:05:20時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA