「幻影の盾」(夏目漱石)

盾の力なのか、展開する不思議な世界

「幻影の盾」(夏目漱石)
(「倫敦塔・幻影の盾」)新潮文庫

「倫敦塔・幻影の盾」新潮文庫

盾の形は望の夜の月の如く丸い。
鋼で饅頭形の表を
一面に張りつめてあるから、
輝やける色さえも月に似ている。
縁を繞りて小指の先程の鋲が
奇麗に五分程の間を置いて
植えられてある。
鋲の色もまた銀色である。
鋲の輪の内側は四寸…。

夏目漱石というと、
「吾輩は猫である」にしても
「坊っちゃん」にしても
「三四郎」にしても
「こころ」にしても、
明治の日本の文明人の苦悩を
描き出したものばかりです。
しかしそれは長篇作品にのみ
いえることであり、
短篇は必ずしもそうではありません。
本作品のように、
アーサー王の時代(つまり5、6世紀)の
イギリスを舞台とした、
それも現実なのか幻想なのか、
その境目のはっきりしない
筋書きのものもあるのです。

それにしても読み通すのが困難でした。
格調高すぎる文体、
古い時代の英国が舞台、そして
現実に織り交ぜられる伝説と幻想、
かなりのエネルギーを要する作品です。

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筋書きの中心となっているのは、
青年騎士・ウィリアムと、
その恋人・クララ。
ウィリアムは「白城」の
騎士団の一人であり、
クララは「夜鴉城」の城主の娘。
「白城」と「夜鴉城」の関係は
良好だったのですが、
ふとしたことから諍いが生じ、
やがて戦へと発展します。
ウィリアムとクララは敵国どうしの
間柄になってしまうのです。
それを気遣った朋友シワルドが、
二人で南の国へ落ちのびることを
提案します。
二人の運命はいかに?

そして物語のキーアイテムが、
表題にもなっている
「幻影の盾」なのです。その盾は、
粗筋代わりとして冒頭に掲げた一節に
書かれてあるとおりですが、
それに続く描写に驚かされます。
「盾の真中が
 五寸ばかりの円を描いて浮き上る。
 これには怖ろしき夜叉の顔が
 隙間もなく鋳出されている」
「頭の毛の一本一本の末は
 丸く平たい蛇の頭となって
 その裂け目から消えんとしては
 燃ゆる如き舌を出している。
 その蛇は悉く首を擡げて
 舌を吐いて縺るるのも、
 捻じ合うのも、攀じあがるのも、
 にじり出るのも見らるる」

つまりは魔女ゴーゴン
描かれているのです。
ただの盾などではなく、
魔力・妖力を持った盾なのです。
この盾は、果たしてウィリアムに
何をもたらすのか?

物語の後半部分は、
この盾の力なのでしょうか、
夢と現実が入り乱れ、
不思議な世界が展開していきます。
空中を駆け抜ける馬、
眼前に現れた深く美しい林、
紅の衣を着た女性、
そして舞台はいつの間にか南の国へ。
そこへ接岸する船に姿を見せたのが
なんとクララ。物語は
鮮やかな幻想で幕を閉じるのです。
「これは盾の中の世界である。
 しかしてウィリアムは盾である」

最後の一節もまた、格別です。
「百年の齢いは目出度も難有い。
 然しちと退屈じゃ。
 楽も多かろうが憂も長かろう。
 水臭い麦酒を日毎に浴びるより、
 舌を焼く酒精を半滴味わう方が
 手間がかからぬ。
 百年を十で割り、
 十年を百で割って、
 剰すところの半時に
 百年の苦楽を乗じたら
 やはり百年の生を享けたと
 同じ事じゃ。
 泰山もカメラの裏に収まり、
 水素も冷ゆれば液となる。
 終生の情けを、分と縮め、
 懸命の甘きを点と凝らし得る
なら」。

本作品の執筆は明治38年。
なんと「吾輩は猫である」と
並行して書かれた作品なのです。
のちの長篇とは全く異なる味わいの
初期短篇作品。
ぜひご賞味あれ。

〔青空文庫〕
「幻影の盾」(夏目漱石)

〔「倫敦塔・幻影の盾」収録作品〕
倫敦塔
カーライル博物館
幻影の盾
琴のそら音
一夜
薤露行
趣味の遺伝

〔関連記事:夏目漱石の短篇作品〕

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