「ボール箱」(ドイル)

奇妙な発端、ありふれた殺人事件

「ボール箱」(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの回想」)
 光文社文庫

「シャーロック・ホームズの回想」

一人暮らしで人づきあいの
ほとんどない女性・クッシングに
送られてきたボール箱には、
切り取られた人間の耳が
二つ入っていた。
当初は悪戯と思われていた
事件だったが、
持て余したレストレード警部は、
ホームズに出馬を要請する…。

ドイルによる
シャーロック・オームズ・シリーズ
短編14作目にあたる作品です。
切り取られた人間の耳が
送られてくると言えば、
ヤクザな人間からの警告のような
意味合いなのでしょうが、
本作品にはどのような意図が
隠されているのか?
ホームズが挑みます。

〔主要登場人物〕
シャーロック・ホームズ

…探偵コンサルタント。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
 彼の仕事に同行する。
レストレード
…スコットランド・ヤードの警部。
モンゴメリー
…シャドウェル警察署の警部。
スーザン・クッシング
…人間の耳が送られてきた女性。
 一人暮らしであり、事件に
 巻き込まれる覚えはないという。
セアラ・クッシング
…スーザンの妹。気性は激しい。
アレック・フェアベアン
…セアラの友人。
メアリ・ブラウナー
…スーザン、セアラの妹。
 気性は優しい。
ジム・ブラウナー
…メアリの夫。船乗り。酒癖が悪い。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
奇妙な発端、ありふれた殺人事件

切り取られた人間の耳が、
まったく心当たりのない人間のもとに
送られてくるという、きわめて
奇妙な事件の始まりなのですが、
短篇ゆえ、そこからおどろおどろしい
事件が開始されるわけではありません。
ホームズが解決してみると、
ごくありふれた殺人事件
(殺人がありふれていては
いけないのですが)だったのです。
それでいて「なあんだ」と思わせるような
ところはありません。
ありふれた殺人事件を
複雑怪奇にして提示する
ドイルの創作の妙を味わうべきです。

本作品の味わいどころ②
短編ながら、長篇作品と似た構造

例によってホームズは、現場を訪れた
数時間後にはすべて解決し、
レストレード警部に犯人の名を
告げるのです。
「えっ、どうしてこの人物が
犯人とわかった?」と
読者が置き去りにされかけるのですが、
後半は犯人の供述調書から
事件の背景と経緯が
語られる仕組みです。

これは長篇作品の
「緋色の研究」「四つの署名」
同じような構造です。
事件が単純である分、
その背景や経緯を複雑にし、
読み応えのある作品に
仕上げているのです。
事件の奥底にあったものを
読み解くことこそ、ホームズ作品の
味わい方といえるのです。

本作品の味わいどころ③
ホームズと警部、意地の張り合い

ホームズとレストレード警部の
意地の張り合いも、
本作品を面白くしている要素の
一つとなっています。
犯人の名を記したメモを
レストレード警部に渡したホームズは、
「この事件ではぼくの名前を
絶対に出さないでおいてほしい。
名前を残すのは、解決が難しい
事件のときだけにしたいんでね」と、
さも難なく解決できた風を装います。
犯人を無事逮捕した警部は、
ホームズに宛てた手紙の中で、
「われわれの立てた計画にしたがって」
逮捕に踏み切ったと、
さも自分も逮捕の
見通しをつけたかのように語ります。
さらに、
「きわめて単純な事件ではありましたが、
捜査にお力添えいただきましたこと、
厚くお礼申し上げます」と、
あたかもホームズの助力がなくとも
解決できていたかのように
うそぶくのです。
このあたりのキャラクター設定が
ドイルの巧みさであり、
本作品のみならず、
ホームズ・シリーズ全体における
絶妙な味わいとなっているのです。

「ボール箱」
(The Cardboard Box)という
地味なタイトル(なぜ
「切り取られた耳」とかに
しなかったのか?)のせいか、
ホームズシリーズの中では
あまり目立たない作品です。
しかし、独特の味わいがあり、
見逃すことのできない
作品でもあるのです。
ぜひご賞味ください。

〔「シャーロック・ホームズの回想」〕
名馬シルヴァー・ブレイズ
ボール箱
黄色い顔
グロリア・スコット号
マスグレイヴ家の儀式書
ライゲイトの大地主
背中の曲がった男
入院患者
ギリシャ語通訳
海軍条約文書
最後の事件
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」旭堂南湖

〔関連記事:ホームズ・シリーズ〕

〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。

〔関連記事:海外古典ミステリ〕

(2023.11.17)

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