「百年文庫037 駅」

その考えや生き方を大きく転換させている

「百年文庫037 駅」ポプラ社

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「駅長ファルメライアー
          ロート」

列車事故の現場に駆けつけた
駅長・ファルメライアーは、
担架に寝かされた女性に
心を奪われる。
回復した女性は、
故国ロシアへと帰る。
ファルメライアーは、
彼女への思いを断ちがたく、
応召し、ロシア戦線へと向かう。
そこで彼は…。

「グリーン車の子供 戸板康二」
老優・中村雅楽は七年ぶりの
出演依頼を受けたことを
「私」に明かす。しかし
子役が気に入らなかったために
返事を
先送りしているのだという。
大阪から帰郷する新幹線に、
中村雅楽と「私」は乗車する。
雅楽の隣に
一人の少女が乗り込み…。

「駅長 プーシキン」
旅の途中で立ち寄った
***駅で知り合った駅長と
その美しい娘に
「私」は心を惹かれる。
数年後、その思い出をたどって
再び駅を訪れた「私」は、
駅長がわずかの間に
老い込んでいることに気づく。
駅長は娘の物語を
静かに語り始める…。

百年文庫第37巻のテーマは「駅」。
当然のごとく
「駅」に関わる作品三作です。
ただし「舞台が駅である」といった
単純なものではないようです。
第一作・ロートの作品の主人公
ファルメライアーは、
冒頭の事件の後
すぐに召集されますので、
舞台は「駅」を離れます。
戸板康二の第二作は、
舞台の中心は新幹線の車内です。
プーシキンの第三作も、
表題は「駅長」ですが、
「駅」が舞台の場面は
決して多くはありません。
そして前二作とは異なり、
鉄道の「駅」ではなく馬車駅です。
では、テーマの「駅」の意味は何か?

〔「百年文庫037 駅」〕
駅長ファルメライアー ロート
グリーン車の子供 戸板康二
駅長 プーシキン

恐らくは「転換点」という
捉えではないかと思うのです。
主人公(もしくはそれに該当する人物)が
一つの出来事で、その考えや生き方を
大きく転換させているのです。

ロートの作品では、
片田舎の地味な駅長が、
それまでの人生とは百八十度異なる
大変身を遂げます。
事故現場で助けた女性ヴァレフスカへの
思いを断ち切れなかった彼は、
オーストリアとロシアとの間に起きた
戦争を好機と捉え、
戦線へと身を投じるのです。
彼女に会える保証など
無いにもかかわらず、
命を失うかも知れない戦場へ
赴くのですから、尋常ではありません。
また、機会を捉えてロシア語を学び、
彼女と意思疎通できるレベルまで
身につけたのですから、
その執念も相当なものがあります。
さらにはその語学力を使って
司令部付きの諜報官となり、
彼女の住む地において
勤務できるように画策するなど、
策士としての一面も覗かせます。
さらには彼女の自宅に乗り込み、
厚かましくもそこで
休暇を過ごせるよう要求するなど、
出征後の彼の姿は、
それまでの片田舎の駅長とは思えない
変身ぶりなのです。

ミステリである「グリーン車の子供」の
主人公(そして探偵役)は、
八十歳の老歌舞伎役者・中村雅楽。
さすがに生き方が変わる年齢ではなく、
大きな事件が
起こるわけでもありません。
しかし、新幹線に乗り込み、
そして東京駅に到着した時点で、
雅楽のものの考え方は、
より一層円熟味を深めていたことは
間違いありません。
では、老探偵をさらに成長させた
「事件」とは?

実は、雅楽が「盛綱陣屋」への出演を
渋ったことが「事件」の始まりであり、
その出演を
引き受ける気持ちになっていた
東京駅到着時が
「事件」の解決となっているのです。
「事件」は巧妙に隠されているのです。
どのように「事件」を解決したのか?
そもそもそこに
どんな「事件」があったのか?
こればかりは
読んでいただくしかありません。

第一作で「人生を大転換させた」、
第二作が「円熟味を深めた」のであれば、
第三作は何か?
「悲劇に突き落とされた」なのです。

駅長父子が
静かに暮らしている最中に現れ、
急病に陥った(後に仮病であることが
語られる)青年将校ミンスキイは、
看病に当たったドゥーニャを
見染めるのです。
病が癒えた彼は、
ミサに同行させることを口実に
ドゥーニャを連れ出し、
そのまま行方をくらますのです。
「愛した一人娘を略奪された男の悲劇」が
綴られていきます。

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さて、その「転換」は作品だけでなく、
それぞれの作者の生き方そのものにも
見られます。
ロートは大学卒業後、
軍の広報活動に従事、
その後はジャーナリストとして活躍、
その中で創作にも目覚めるのです。
しかし戦局の変化により
パリに亡命後は生活が荒み、
わずか四十四歳で
この世を去っています。
戸板康二は大学卒業後、教職を経て
演劇評論家として活躍するのですが、
江戸川乱歩からの勧めがきっかけで
ミステリを書きはじめます。
プーシキンは
翻訳官としての仕事のかたわら
文芸活動に励み、
国民的な詩人としての評価を
勝ち得ます。
ところが政治的な不興を買い、
幽閉生活を経験、それが転換点となり、
不遇な生活を余儀なくされ、
不幸のまま生涯を終えます。

私たちの人生においても
いくつかの「駅」があり、
そこでなにがしかの選択を迫られ、
何らかの決断をし、
予期せぬ境遇の変化を
経験しているのではないかと
思うのです。
これからいくつ「駅」を過ぎるやら。
そんなことを考えさせられる
一冊でした。
ぜひご賞味ください。

(2024.2.20)

〔ロートの本はいかがですか〕

〔戸板康二の本について〕
中村雅楽探偵全集全5巻が素敵です。
残念なことに
現在はすべて絶版中であり、
古書を見つけるしかありません。

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嬉しいことに、先日
中村雅楽シリーズの選集が
「等々力座殺人事件」として
河出文庫から出版されます。
こちらも楽しみです。

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〔プーシキンの作品はいかがですか〕
新訳では、光文社古典新訳文庫から
2冊出版されています。

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岩波文庫からも数冊出ているのですが、
いくつかは絶版状態です。
「オネーギン」
「スペードの女王・ベールキン物語」
「ボリス・ゴドゥノフ」
「大尉の娘」
「ジプシー 青銅の騎手 他二篇」

「プーシキン詩集」
単行本としては以下の2冊が
現在流通しています。
「大尉の娘」
「青銅の騎士」

〔百年文庫はいかがですか〕

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PexelsによるPixabayからの画像

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