「グリーン車の子供」(戸板康二)

自身の心の靄やわだかまりまで解決してしまう名探偵

「グリーン車の子供」(戸板康二)
(「百年文庫037 駅」)ポプラ社

「百年文庫037 駅」ポプラ社

老優・中村雅楽は七年ぶりの
出演依頼を受けたことを
「私」に明かす。しかし
子役が気に入らなかったために
返事を
先送りしているのだという。
大阪から帰郷する新幹線に、
中村雅楽と「私」は乗車する。
雅楽の隣に
一人の少女が乗り込み…。

百年文庫第37巻「駅」に収録されている
一篇です。
作者・戸板康二
演劇・歌舞伎評論家であるとともに、
なんと推理小説作家なのです。
本作品もいわゆるミステリなのですが、
純文学と差し支えない
仕上がりとなっています。

〔主要登場人物〕
中村雅楽

…歌舞伎役者。八十歳。
 七年あまり神経痛のため
 舞台を休んでいたが、
 「盛綱陣屋」への出演を依頼される。
 劇界の内外に起こる事件を
 解決している。
「私」(竹野)
…語り手。新聞記者。
 雅楽に同行し、大坂に出掛けていた。
宝来屋義蔵
…歌舞伎の子役俳優。七歳。
 「盛綱陣屋」の小四郎役となる。
宝来屋義五郎
…歌舞伎俳優。義蔵の父親。
「女の子」
…新幹線で雅楽の隣に座った子ども。
「女性」
…新幹線で「私」の隣に座った
 四十代の女性。

本作品の味わいどころ①
事件が描かれないミステリ

上に主要登場人物を記しましたが、
実は新幹線車中で描かれるのは
雅楽・「私」・女の子・女性の
4人だけなのです。
それでいてどんな事件が起きるか?
雅楽が名探偵、
「私」がワトスン役の本作品、
殺人事件だとすると、
女性が女の子を…という
衝撃的な展開しかあり得ないのですが、
実はミステリながら、
殺人も盗難も詐欺も起きません。
事件の起きないミステリなのです。

初めて読む方は、
「いつ事件が起きるのだ?」と
困惑しながら読み進めるはずです。
新大阪駅で乗車した際、
雅楽と「私」の座席が横並びではなく、
雅楽の隣に「女の子」が座ったこと、
京都駅で「私」の隣に
「女性」が座り込んできたこと、
雅楽と「私」が
ビュッフェで食事を取ったこと、
「女性」が「私」と雅楽、
そしてその女の子に
外国産のキャンディを勧めたこと、
そのキャンディの缶を、雅楽も「私」も
開けることができなかったのに、
「女の子」が難なく開けたこと、が
記されているだけなのです。
事件が起きない中で、
いったい雅楽は何を解決するのか?

本作品の味わいどころ②
「事件」が隠されたミステリ

実は、雅楽が「盛綱陣屋」への出演を
渋ったことが「事件」の始まりであり、
その出演を
引き受ける気持ちになっていた
東京駅到着時が
「事件」の解決となっているのです。
「事件」は巧妙に隠されているのです。
隣に座った
無口でおとなしい女の子との出会いが、
どのように「事件」を解決したのか?
そもそもそこに
どんな「事件」があったのか?
こればかりは
読んでいただくしかありません。

こちらもオススメ!

本作品の味わいどころ➂
謎解きが冴え渡るミステリ

で、中村雅楽が探偵役ですので、
終盤に謎解きをしているのですが、
これが実に見事です。
外国産キャンディーの缶の開け方を
女の子が知っていたことから端を発し、
「女の子」と「女性」の
正体を見抜くのです。
その正体とは?
この二人の役割は何?
それもまた
読んでいただくしかありません。

それよりも爽快なのは、
雅楽が自らの心を、
「私は女の子の保護者のつもりに、
ハッキリなっているのがわかった」と
自己分析している台詞です。
それが「盛綱陣屋」
出演受諾へとつながるのです。
自身の心の靄やわだかまりまで
解決してしまう名探偵・中村雅楽。
今までにない探偵像を
味わうことができます。

この中村雅楽の探偵シリーズは
数多く創られ、
「中村雅楽探偵全集」として
創元推理文庫化から
全5巻で出版されています。
中でも本作品は、
ミステリでありながらも
純文学の薫りを持つ至高の逸品です。
ぜひご賞味ください。

〔戸板康二の本について〕
中村雅楽探偵全集全5巻が素敵です。
残念なことに
現在はすべて絶版中であり、
古書を見つけるしかありません。

嬉しいことに、間もなく
中村雅楽シリーズの選集が
「等々力座殺人事件」として
河出文庫から出版されます。
こちらも楽しみです。

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〔「百年文庫037 駅」〕
駅長ファルメライアー ロート
グリーン車の子供 戸板康二
駅長 プーシキン

〔百年文庫はいかがですか〕

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