「古譚」(中島敦)

この様な作品が生み出されていたこと自体が奇跡

「古譚」(中島敦)(「中島敦全集1」)
 ちくま文庫

「中島敦全集1」ちくま文庫

詩人を志した李徵は、
その道に挫折し、発狂する。
そしてついには闇の中へ消え、
その姿は虎に変化する。
一年後、
明け方に通りかかった袁慘を、
かつての友と
認めることのできた李徵は、
自分が虎になった
いきさつを語る。そして…。
「山月記」

中島敦と言えば「山月記」、
「山月記」と言えば中島敦なのですが、
実はその「山月記」、
「古譚」という四篇からなる作品集の中の
一篇なのです。
漢文調の美しい日本語。
中国を舞台とした端正なつくりの作品。
気高さに溢れる品の良さ。
私がかつて抱いていた
中島敦作品像です。
でもこれは、中島敦の一面、
つまり「山月記」
(加えて「名人伝」「李陵」「弟子」)から
受ける印象であり、他の三篇は
決してそうではありません。

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第一篇「狐憑」は古代スキュテイア
(=スキタイ)は現在のウクライナから
南ロシアにかけての地域、
第二篇「木乃伊」は古代エジプト、
第四篇「文字禍」は新アッシリア帝国
(イラン北部から地中海周辺にかかる
一帯)が舞台であり、
中国よりもヨーロッパの
薫りがするものばかりです。
中島には南洋の国々を舞台とした
作品もいくつかあり、
明治の作家としては、
他に例を見ない作風なのです。

ネウリ部落のシャクに
憑きものがしたという
評判である。
色々なものがこの男に
のり移るのだそうだ。
鷹だの狼だの獺だのの霊が
哀れなシャクにのり移って、
不思議な言葉を
吐かせるということである。
後に希臘人が
スキュテイア人と…。
「狐憑」

それぞれの主題はどうかというと、
これがよくわかりません。
「狐憑」は、若者の言葉が封じられたり、
詩の創作が労働として
見なされなかったりと、
戦時中を思わせるような
描写があるのですが、
中島が何を言いたかったのか
よく理解できません。
「木乃伊」は「山月記」のような
変身譚に近い筋書きなのですが、
「山月記」とは異なり、
そこから見いだせるのは
「ミイラ取りがミイラになる」程度の
ジョークにもならない逸話ぐらいです。
「文字禍」にいたっては、
文字を否定するようなテーマとも
感じられますが、
そんなことはないでしょう。
三篇とも、そこに書かれてある主題が
よく理解できないものばかりなのです。

朝になって思出そうとする
昨夜の夢のように、
どうしても
思出せなかったことが、
今は実に、
はっきり判るのである。
なんだ。こんな事だったのか。
彼は思わず声に出して言った。
「俺は、もと、
この木乃伊だったんだよ。
たしかに」…。
「木乃伊」

では、四篇に共通しているのは何か?
それは「救われない結末」です。
「山月記」の主人公が虎に変身し、
人間の心を失ったのと同じように、
「狐憑」の若者・シャクは
殺されて食肉となり、
「木乃伊」のパリスカスは狂人となり、
「文字禍」のナブ・アヘ・エリバ博士は
大地震による粘土板の崩壊により
圧死します。

Audible

主人公たちはなぜ悲惨な結末を
たどらなければならなかったのか?
そして中島はこの筋書きから、
いったい何を読み手に
伝えようとしたのか?
他の三篇と一緒に「山月記」を読むと、
「山月記」でさえ何を主題にしているのか
わからなくなりそうです。
中島文学は、一筋縄ではいかない
複雑さと難しさを持って
読み手に迫ってくるのです。

いや、難しいことは
文学研究者に任せればいいのです。
私たちはそこから幾様にも読み取れる
解釈を愉しむべきでしょう。

国王から文字の霊の研究を
命じられた老博士は、
図書館で膨大な文献を
解読する作業を行う。
一つの文字を
長く見つめているうちに、
文字がバラバラとなり、
彼はそれを文字として
認識できなくなる。
彼は文字の霊の存在を
感じ取るが…。
「文字禍」

さらに考えると、
中島はこの四篇で何かを訴えようなどと
考えたのではなく、
純粋なエンターテインメントとして
本作品群を創り上げたという可能性も
否定できないのです。
一つ一つが面白すぎます。
この様な作品が
生み出されていたこと自体が
日本文学における奇跡と
いっていいと思うのです。
私たちは大いに愉しみましょう。

KindleUnlimited

〔青空文庫〕
「狐憑」(中島敦)
「木乃伊」(中島敦)
「山月記」(中島敦)
「文字禍」(中島敦)

〔関連記事:中島敦の作品〕

〔ちくま文庫「中島敦全集1」収録〕
古譚
 狐憑
 木乃伊
 山月記
 文字禍
斗南先生
虎狩
光と風と夢
[習作]
 下田の女
 ある生活
 暄嘩
 蕨・竹・老人
 巡査の居る風景
 D市七月叙景(一)
[歌稿 その他]
 和歌でない歌
 河馬
 Miscellany
 霧・ワルツ・ぎんがみ
 Mes virtuoses(My virtuosi)
 朱塔
 小笠原紀行
 漢詩
 訳詞
解説・解題

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AnjaによるPixabayからの画像

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