「狐憑」(中島敦)

本作品はいったい何を擬えたものか?

「狐憑」(中島敦)(「中島敦全集1」)
 ちくま文庫

「中島敦全集1」ちくま文庫

ネウリ部落のシャクに
憑きものがしたという
評判である。
色々なものがこの男に
のり移るのだそうだ。
鷹だの狼だの獺だのの霊が
哀れなシャクにのり移って、
不思議な言葉を
吐かせるということである。
後に希臘人が
スキュテイア人と…。

「狐憑」(きつねつき)というと、
狐をはじめとする
獣等の霊が取り憑いて、
本人の意志とは関わらず、
言葉を放つという、オカルト現象です。
そんなものを素材とした作品ですので、
ホラー小説の類いかと思いきや、
明治生まれの文学者・中島敦
真面目な作品なのです。

どんな狐憑なのか?
ネウリ族の青年シャクに、
はじめは戦死した弟の霊が
乗り移って話をしていたのですが、
後にはいろいろな動物の霊が
取って代わり、次第にどうやら
シャク自身の創作へと
変化したというものです。
やがてシャクの言葉に不安を持った
長老たちの陰謀により、
彼は処分されるのです(処分は何と、
煮て食物として人々に
供されるというとんでもないもの)。

一読しても、何を言いたいのか
よく分からない作品です。
どこか辺境の地域における
野蛮な民族風習のルポルタージュかと
思いましたが、
「ホメロスと呼ばれた
盲人のマエオニデェスが、
あの美しい歌どもを唱い出すより
ずっと以前に」(最後の一文)
あったことですので、
時代背景は紀元前8世紀よりも
過去ということになります。
詳細な記録など残っていないはずです。

作者・中島は、
このシャクの末期の言葉を、
「詩」もしくは「小説」と
設定している様子がうかがえます。
だとすると、本作品は一種の
寓話である可能性が浮上してきますが、
いったい何を擬えたものか?

一つは、
「若者の言葉は封じられる」と
いうことです。
太古の昔、民衆に語り聴かせるのは
施政者の役目だったのでしょう。
文字がない以上、
書物による知識伝達は存在せず、
それは年長者(=権力者)の口から
伝えられることだけだったと
推察できます。
長老たちからすれば、若いシャクが
人々に話して聞かせていること
は越権行為にしか見えなかったと
考えられます。
だからこそ、排斥されたと
考えるべきだと思うのです。

もう一つは、
「創作者は労働者に非ず」と
いうことです。
このような一節があります。
「誰か、シャクが村の仕事をするのを
 見た者があるか?
 実際、シャクは何もしなかったから。
 それでも、人々はシャクの話の
 面白さに惹かれていたので、
 働かないシャクにも不承無承冬の
 食物を頒け与えた」

創作もまた労働であるはずなのですが、
形あるものを創り上げていない
ことのみを切り出せば、
創作など労働にはあたらないと
考えられても仕方がありません。

本作品の発表は昭和17年。
執筆はそれ以前と考えられていますが、
いずれにしても戦時中であることは
間違いありません。
「若者の言葉は封じられる」という
点においても、
「創作者は労働者に非ず」という
点においても、
戦時中の言論弾圧を想起させます。
時勢に逆らう言動は
許されなかったでしょうし、
軍需物資や食料生産が最優先され、
芸能文化は不必要なものとして
みられていた時代です。
本作品は明らかに戦時中の日本を
風刺したものと
考えるべきではないでしょうか。

先ほど指摘した最後の一文ですが、
このように綴られています。
「ホメロスと呼ばれた
 盲人のマエオニデェスが、
 あの美しい歌どもを
 唱い出すよりずっと以前に、
 こうして一人の詩人が
 喰われてしまったことを、
 誰も知らない」

中島は、こうして
はるか古代の出来事として、
表面上の体裁を整えつつ、
自らが身を置いている時代の理不尽さを
静かに告発していたのでしょう。

この時代の純文学作家としては
異彩を放つ中島敦の一品です。
ぜひご賞味ください。

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〔ちくま文庫「中島敦全集1」〕
古譚
 狐憑
 木乃伊
 山月記
 文字禍
斗南先生
虎狩
光と風と夢
[習作]
 下田の女
 ある生活
 暄嘩
 蕨・竹・老人
 巡査の居る風景
 D市七月叙景(一)
[歌稿 その他]
 和歌でない歌
 河馬
 Miscellany
 霧・ワルツ・ぎんがみ
 Mes virtuoses(My virtuosi)
 朱塔
 小笠原紀行
 漢詩
 訳詞

〔青空文庫〕
「狐憑」(中島敦)

(2023.4.17)

Matthias WeweringによるPixabayからの画像

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