「夜行観覧車」(湊かなえ)

基本的にはミステリではなく、家族再生の物語

「夜行観覧車」(湊かなえ)双葉文庫

「夜行観覧車」双葉文庫

あのとき、ドアフォンが
鳴らなければ、彩花に
何かしていたかもしれない。
たった一人の
大切な娘のはずなのに、
あの瞬間、まったく知らない他人、
いや、薄気味悪い
珍獣のように見えた。
殺人事件は、
わが家で起こっていたかも…。

父親が被害者で、
母親が加害者であるという
悲惨な殺人事件を描いた、
湊かなえの2010年に発表された
長篇作品です。
直後に一家の息子が失踪し、
殺人犯は母親なのか息子なのかという
謎解き要素はあるものの、
基本的にはミステリではなく、
家族の再生に向けた物語なのです。
しかし、それでも読み始めたら、
頁をめくる手を
止めることができませんでした。

〔主要登場人物〕
遠藤真弓

…彩花の母親。
 スーパーのパート従業員。
 念願のマイホームを高級住宅地
 ひばりヶ丘に持つことができて
 喜んでいた。
 娘の家庭内暴力に苦しむ。
遠藤啓介
…真弓の夫。工務店に勤務。
 事なかれ主義的傾向。
遠藤彩花
…家庭内暴力をくりかえしている娘。
 中学三年生。S女子学院受験に失敗。
 ひばりヶ丘の一番小さい家に住んで
 いることに引け目を感じている。
髙橋淳子
…遠藤家の向かいの家の主婦。
 夫殺害の容疑で逮捕される。
高橋弘幸
…淳子の夫。医師。穏やかな性格。
高橋慎司
…淳子・弘幸の息子。
 事件後行方不明となる。
高橋比奈子
…淳子・弘幸の娘。慎司の姉。
 高校二年生。向かいに住む彩花を
 快く思っていない。
高橋良幸
…比奈子・慎司の異母兄。
 医大生であり、別居していた。
野上明里
…良幸の恋人。
 良幸の部屋に押しかけている。
田中晶子
…淳子の妹。比奈子の叔母。
 比奈子を一時的に預かる。
 真弓と同じスーパーに勤めている。
小島さと子
…遠藤家の隣家の住人。
 三十年来ひばりヶ丘に住んでいる。
鈴木歩美
…啓介の依頼主の家の娘。
 比奈子の同級生。
鈴木弘樹
…歩美の弟。中学三年生。

本作品の味わいどころ①
善人でもなく悪人でもない人物設定

「家族再生のドラマ」といえば、
壊れかけた家庭を、周囲の
善良な性格の登場人物たちが関わり、
ハッピーエンドに導くような印象を
どうしても抱いてしまうでしょう。
ところが、登場人物たちはみな
善人とはいえません。
読み進めると、それぞれ
嫌な一面ばかりが現れてきます。
俗な言葉で言えば
「ムカつく」人物たちばかりなのです。

彩花は我が儘で傲慢、
親を親とも思っていません。
真弓は娘の気持ちを考えず
自分中心の母親。
啓介は典型的な事なかれ主義。
慎司もアイドル的容貌の
スポーツ選手ですが
ねじれぎみの性格です。
良幸は家族の危機よりも
自分の単位取得を優先し、
明里は良幸の事情よりも
自分の気持ちが大事です。
晶子は叔母でありながら
比奈子を厄介者扱いし、
さと子は野次馬根性丸出しです。
「イヤミスの女王」の異名通り、
本作品においても
「嫌な気持ち」になること請け合いの
人物設定なのです。

それでいて、
決して悪人でもないのです。
根っからの悪人は、
本作品にはいません。
みな少しばかり「自分優先」であり、
私たちとほとんど変わらないのです。
いや、私たちもどこかで
これらの人物たちのような一面を、
自分の気づかないうちに
表しているのではないかと
不安になるくらいです。
善人でもなく悪人でもない
巧妙な人物設定こそ、
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ②
重層的に織りなす人間関係

その登場人物たちは、
複雑に関係しています。
彩花は慎司に密かに憧れ、
それをアイドル歌手・高木俊介に
仮託しています。
啓介が施工した家庭の娘・歩美は
比奈子の同級生です。
比奈子の叔母の晶子は
真弓と同じ職場です。
最初は向かい合う二軒の家庭の
住人たちだったのですが、
その関係性が次から次へと
次第に緻密になっていくのです。
それが事件の背景に関わり、
関係者の心情の変化に繋がり、
事件の真相究明へと
結びついていくのです。
タペストリーのように
重層的に織りなされる人間関係こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ③
二つの家族の再生に向けた物語

作品の構成は
以下のようになっています。

〔本作品の構成〕
第一章 遠藤家
第二章 高橋家
    小島さと子Ⅰ
第三章 遠藤家
第四章 高橋家
    小島さと子Ⅱ
第五章 遠藤家
第六章 高橋家
    小島さと子Ⅲ
第七章 ひばりヶ丘
第八章 観覧車
    小島さと子Ⅳ

このように、すっきりとした
「起承転結」の形の構成となっています。
「起」の段階で遠藤家はすでに崩壊し、
高橋家で悲劇が引き起こされます。
それが「承」「転」「結」を経て、
再生へと向かうのです。
もちろん高橋家の場合、
死んだ父親は帰ることがなく、
残された兄妹たちの前途には
困難が待ち構えているはずです。
遠藤家にしても、
親子三人が諍いなく暮らして行くには
まだまだ相当の時間が
必要となるはずです。
それでも光明は
しっかり見えているのです。
登場人物はかなり
「イヤミス」的なのですが、
筋書きそのものには
「救い」を見出すことができるのです。
壊れてしまった二つの家族の、
再生に向けた筋書きこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

前回「望郷」を取り上げたときも
記しましたが、流行にかなり遅れて、
湊かなえにはまり込んでいます。
本作品が五作目の読了となるのですが、
すでに中毒になっています。
これからさらにじっくり
味わっていきたいと思います。

(2024.4.29)

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