「猟奇の果」(江戸川乱歩)

ネタ切れ乱歩と強気の編集者・横溝の、見事な合わせ技

「猟奇の果」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第4巻」)
 光文社文庫

「江戸川乱歩全集第4巻」光文社文庫

猟奇を好む男・青木愛之助は、
いつも刺戟に飢えていた。
ある日、彼は友人で出版社を営む
品川四郎と瓜二つの掏摸、
「幽霊男」と遭遇する。
やがて幽霊男は青木の前に
頻繁に姿を現すようになり、
ついには青木の妻・
芳江をたぶらかし…。

光文社文庫刊「江戸川乱歩全集第4巻」に
「孤島の鬼」とともに収録されている
長篇作品です。
「孤島の鬼」を取り上げた際、
「冒頭と終末で、
まったく雰囲気が様変わり」している
作品と紹介しましたが、
本作品はそれ以上です。
「前篇 猟奇の果」と「後篇 白蝙蝠」では、
まったく別の作品ではないかと思うほど
そのスケールとテイストが
大きく異なるのです。
完成度が高いかと問われると
返答に困るのですが、
その前後の食い違いこそが本作品の
味わいどころと考えるべきです。

【主要登場人物】
青木愛之助
…名古屋のある資産家の次男。
 日々の生活に退屈し、
 刺戟を求めている。
青木芳江
…愛之助の妻。美人で貞淑。
 だが、謎の行動が始まる。
品川四郎
…愛之助の大学以来の友人。
 出版社を経営。
幽霊男
…品川四郎と瓜二つの男。正体は謎。
 愛之助の身のまわりに
 つきまとい始める。
宮崎常右衛門
…千万長者の資産家。
 白蝙蝠から脅迫される。
宮崎雪江
…常右衛門の娘。
 白蝙蝠から命を狙われる。
青山…宮崎家の書生。
大河原是之
…内閣総理大臣。伯爵の爵位を持つ。
大河原俊一
…大河原家の養子。変死する。
大河原美禰子
…大河原の娘。
 困っている人に施しをするのが趣味。
 俊一の許嫁。
野村…大河原の秘書官。
斧村錠一…?
竹田…共産主義の男
大川博士…狂った研究者。
赤松紋太郎…警視総監。
波越警部…警視庁警部。
明智小五郎…私立探偵。

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本作品の前篇後篇の食い違い①
「食い違い」といっても
事実関係の食い違いではありません
(時系列等、一部食い違いが
確かにあるがさほど重大ではない)。
第一の食い違いはテイストです。

前篇は正体不明の幽霊男の存在が
次第に大きくなるにつれ、
変態趣味からエロス、
そしてサド・マゾ、
さらには猟奇的殺人に行き着くのです。
友人とまったく同じ顔の男がいるという
奇妙な事実が、
やがては自分の妻を
寝取られたのではないかという恐れ、
そして自らが殺人を犯す恐怖へと
つながれ、読み手の背筋は
次第に寒くなっていくのです。
まさに大人のサスペンスです。

ところが後半は一転、
幽霊男は「白蝙蝠団首領」と昇格し、
なんと名探偵・明智小五郎まで出陣、
明智小五郎対白蝙蝠という、
まるで少年探偵団張りの
ジュヴナイル・テイストで
満ちあふれてくるのです。
本作品は昭和5年に執筆、
「怪人二十面相」は昭和11年雑誌掲載。
怪人二十面相の原点が
「悪の秘密結社・白蝙蝠団」として
ここにあるのです。

本作品の前篇後篇の食い違い②
さらにスケール感が
大きく食い違っています。
前半の幽霊男は、
基本すべて「悪戯」なのです。
しかも青木個人に対する(度を超した)
「悪戯」に過ぎません。
ところが後半の「白蝙蝠団」が
目論んでいるのは「国家転覆」。
幽霊男がそのまま
白蝙蝠団首領になっただけなのですが、
やることなすことが超飛躍的に
スケールアップしているのです。

本作品の前篇後篇の食い違い③
したがって、前篇と後篇では、
その筋書き自体がまったく変化し、
共通する登場人物は
「幽霊男」=「白蝙蝠団首領」と品川四郎の
二人だけなのですが、
最後の最後に、
前篇終了とともに筋書きから
退場していたはずの
青木愛之助・芳江夫妻が再登場します。
その人物像が、
まったくといっていいほど
ちぐはぐな状態です。
もしや人格改造されたのでは?という
疑問すら生じます。
実は改造されたのは人格ではなく
顔面なのですが、
それはぜひ読んで確かめて下さい。

なぜこのような
「食い違い」が生じたのか?
巻末の「作者自作解説」には、
その顛末が書かれてあります。
最初一年間の連載であったのが、
約半年、つまり
前篇を書き終えたあたりで
ネタ切れした乱歩が、
「ここで終わっちゃっていい?」と
雑誌編集部に持ち掛けたところ、
「半年で止められたら僕も困るから、
ここは一つ、タイトルも変えちゃって、
もっと派手な小説にしちゃったら?
何なら明智小五郎も出そうよ、
盛り上がるよ、きっと」と
(多分そんなふうに)投げかけられ、
渋々残りの半年間を
書きつないだ結果なのだそうです。

乱歩に対してそんな要求を突きつけた
編集者は一体誰?と思ったら、
何とそれは横溝正史
本作品が掲載された
博文館「文芸倶楽部」の当時の編集長は
横溝正史だったのです。
このちぐはぐ感満載の作品が
生み出されたのは、
ネタ切れ乱歩と強気の編集者・横溝の、
見事な合わせ技の結果だったのです。
そういう舞台裏を知ってしまうと、
この「ちぐはぐさ」が
なんともいえないくらい
愛おしく感じてしまうから不思議です。
騙されたと思ってぜひご賞味ください。

※なお、前篇のみで完結させるために
 書かれた「もう一つの結末」も
 本書には収録されています。

(2023.4.14)

Victoria_WatercolorによるPixabayからの画像
RAMPO WORLD

【青空文庫】
「猟奇の果」(江戸川乱歩)

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