「ミミ・パンソン」(ミュッセ)

そもそも「ミミ」とはどんな人物か?

「ミミ・パンソン」
(ミュッセ/佐藤美枝訳)
(「百年文庫063 巴」)ポプラ社

医学生・ウジューヌは、
美徳と誠実を貫くようにして
生きていた。
彼はお節介な友人から
お針子・ミミ・パンソン嬢を
紹介されるが、
彼女に対して嫌悪の情を感じる。
しかし病に倒れた
お針子仲間の窮状を救うために
とった彼女の行動は…。

「ミミ・パンソン」といえば、
本作品の表題であるとともに、
作中に登場するお針子の名前です。
架空の人物でありながら、
19世紀末から20世紀初頭の
芸術家たちにとって
象徴的な存在となり、
絵画やオペレッタなど
多くの芸術作品が創作されています。
ではそもそも「ミミ」とはどんな人物か?
ミミとそれを取り巻く二人の男性の、
人間性そのものが
本作品の味わいどころとなるのです。

〔主要登場人物〕
ウジェーヌ・オーベール

…医学生。慎ましい生活を送っている。
マルセル
…ウジェーヌの友人。ウジェーヌに
 お針子二人を引き合わせる。
ミミ・パンソン
…貧しいお針子。
ゼリア
…ミミの親友。
 マルセルが惚れ込んでいる。
ルージェット・ベルタン
…ミミの友人のお針子。
カデディ爺さん…床屋の主人。

本作品の味わいどころ①
実直な人間・ウジェーヌ

まずは冒頭から語られる
医学生・ウジューヌ。
彼は誠実な人柄です。
堅実に生活し、
身の丈に合った生活をしているのです。
遊び歩いたりはしません。
そして正義感の強い性格なのでしょう。
貧乏学生の彼は、
貧しさに押しつぶされそうになっている
ルージェットを、
一度も面識がないにもかかわらず、
なんとかして助けようとも
しているのです。
それはそれで素晴らしいことなのですが
身の回りにそのような人がいれば、
おそらく周囲から
煙たがられるでしょう。

ウジューヌもその通りで、
あまりにも堅物です。
心に「あそび」がないのです。
頑なです。
そのウジューヌの心が、
どのように寛容性に気づいていくのか、
それが本作品のテーマなのでしょう。
この、ウジューヌの
実直な人間性とともに、
頑なな彼の心が
どのように解きほぐされるかを
確かめることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
視野の広い人間・マルセル

それに対して友人・マルセルは
一言で言えば遊び人です。
だからといって浮ついた性格という
わけではなさそうです。
友人思いであり、
だからこそウジューヌを気にかけ、
ミミを気遣い、
ルージェットに
支援しようとするのです。

したがってマルセルは、
人と人とを結びつける接着剤であり、
人と人とが滑らかな関係を築くための
潤滑油であるのです。
この、社交性に富み、
視野を広く保てるマルセルの
円満な人間性こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
健気で屈託のない人間・ミミ

そしてミミは、さしずめ
「あばずれ女」とでも
表現されるでしょうか。
貧乏なお針子でありながら
金が入れば豪遊する、
酒もタバコも人並み以上。
したがってウジューヌからすれば
最悪の女として彼の目に映るのです。

しかしそんなウジューヌの
ミミに対する評価も
徐々に変化してくるのです。
ウジューヌが
ルージェットに渡す金をつくるために
足を運んだ金貸し(兼床屋)の
カデディ爺さんは、
ミミが一着しか持っていない服を、
明け方、質に入れに来たことを
話すのです。
ミミはなぜ一着しかない服を
質に出したのか?
服もないミミはどうしているのか?
その金をミミはどうしたのか?
ウジューヌはマルセルと一緒に
確かめに行きます。
そこで彼らは何を見たのか?
それらの詳細は、ぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
そこで描かれるミミの人間性こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

冒頭に記したように、
ミミは芸術家たちにとっては
象徴的な人物となりました。
画家ルイ・イカールは、
このミミ・パンソンを主題にした
エッチング作品を制作しています。
本作品同様、夜の巴里の街を背景に、
屋根の上に座る
ミミの姿が描かれています。
また画家モーリス・ユトリロは、
「ミミ・パンソンの家」という
作品を描いています。
ミミ自体が
架空の人物であるにもかかわらず、
その「家」(本作品にも彼女の
「家」についての描写は存在しない)が
描かれたことから、
どれほど彼女がパリ庶民の象徴として
定着しているかがわかります。

なお、巴里のお針子・ミミといえば
連想してしまうのがプッチーニの
オペラ「ラ・ボエーム」です。
その台本と本作品は、
筋書きがまったく異なります。
関連はなさそうですが、調べてみると
いくつか情報が見つかりました。

「ラ・ボエーム」は、
作家アンリ・ミュルジェの
台本に基づいているオペラですが、
そのミュルジェの創り上げた「ミミ」は、
本作品の「ミミ」を相当に
意識したものであるとのことです
(というよりもそのキャラクターを
そのまま拝借したようなレベル)。
本作品の「ミミ」は、
作者・ミュッセとともに
我が国ではほとんど
顧みられることのないほど
影は薄くなりましたが、
その姿は「ラ・ボエーム」に投影され、
しっかりと後世に残っているのでした。

残念ながら2025年現在、
戦前に刊行された岩波書店の文庫本か
筑摩書房による世界文学全集
(いずれも廃刊)に収録されたもの以外は
この本書百年文庫でしか
読むことができません。
本書もすでに流通は止まっています。
図書館でぜひ出会っていただきたい
作品です。
ご賞味あれ。

(2025.9.1)

〔「百年文庫063 巴」〕
引き立て役 ゾラ
さぼてんの花 深尾須磨子
ミミ・パンソン ミュッセ

「引き立て役」
「さぼてんの花」

〔百年文庫はいかがですか〕

Tobias FrickによるPixabayからの画像

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