
最新科学捜査か、それともエセ科学?
「赤耀館事件の真相」(海野十三)
(「盗まれた脳髄」)河出文庫
赤耀館の顛末は、新聞記事で
既によく
ご存知のことと思います。
いや、貴方はあの事件について、
最も興味と疑惑とを
持っていらっしゃることも、
実はちゃんと
前から知っていたのです。
貴方は警視庁の調書まで
読まれたそうですが…。
海野十三といえば戦後間もない
1949年に亡くなっている、
探偵小説作家でありSF作家です。
十分に過去の人といえるのですが、
昨年(2024年)、河出文庫から
本書作品集「盗まれた脳髄」が
刊行されました。
その第一作「赤耀館事件の真相」、
トンデモない筋書きが展開します。
〔主要登場人物〕
「私」
…冒頭部分と終末部分の語り手
(本作品は入れ子構造となっていて、
額縁部分の語り手)。
探偵小説好きであり、
「赤耀館事件」に
強い興味を持っている。
「私」(松木亮二郎)
…本編部分の語り手。赤耀館の主人。
赤耀館での事件について「私」に語る。
松木丈太郎
…「私」の兄。赤耀館先代主人。
変死する。
松木綾子
…「私」の嫂。変死する。
梅田百合子
…綾子の姪。
事件の後、「私」(亮二郎)の妻となる。
勝見伍策
…松木家執事。綾子と
関係があったことが明らかになる。
笛吹川
…画家。綾子を愛していたが
丈太郎に負ける。変死する。
尾形警部
…赤耀館事件の捜査主任。
帆村唱六
…私立探偵。
尾形警部の要請で事件に乗り出す。
〔事件の概要〕
⑴赤耀館で笛吹川画伯、変死。
検視では心臓麻痺。
⑵赤耀館別棟実験室にて丈太郎変死。
検視では死因不明。
⑶築地某ホテルにて綾子変死。
検視では死因は青酸中毒。
⑷探偵帆村唱六、捜査開始
本作品の味わいどころ①
連続殺人事件か、それとも心霊現象?
上に記したとおり、
三角関係にあった男女三名が
相次いで変死したのです。
これが突然死と自殺の
連続であるはずはありません。
何者かによる連続殺人事件で
なければならないのです。
ところが第三の事件では、
明らかに毒殺であるにもかかわらず、
それをなしえた人物が
存在しないのです。
綾子をめぐって争った
笛吹川と丈太郎はすでに死亡、
語り手・亮二郎はまだ帰国しておらず、
百合子にはまったく動機がなく、
勝見にはアリバイが成立、
登場人物の中に
犯人が見当たらないのです。
もちろん通りすがりの犯行であるはずが
ありません。
やはり「赤耀館の悪魔」なる
魔物の仕業なのか!?
この、連続殺人事件か、
それとも心霊現象か、
判断に迷う作品構成こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
最新科学捜査か、それともエセ科学?
というわけで、
なんともならなくなったところで
名探偵登場と相成るのです。
「科学探偵」という異名をとる、
海野十三の生み出した名探偵・帆村。
現場検証のために運び込んだのが
「移動式X線装置」。
いったい何のために?
探偵帆村曰く
「まだ新しい壁の上に水分を
たっぷり含んだ物体が
おしつけられたため、
水を吸収した部分と物質だけが
極くこまかい結晶をつくり、
それがためにX線を当ててみると
他の部分とはまるで違った
表面になっていることが
判ったのです。
その結果は、
壁の上に鉛筆で記したとおりで、
しかもそれが綾子夫人以外の
誰でもないことが
明白になりました」。
X線でそんなことがわかるのか?
いや、それ以前に、
壁が水分を吸収しただけで
表面の物質の構造が変化するのか?
しかも数日経過した後でも
その状態が保たれているのか?
さらに事件発生時刻前後の実験室の
「自記式の気温計・湿度計・気圧計」の
データから、その変化を表す
グラフを下図のように作成、
推理を展開していくのです。

その推理を要約すると、
九時にずぶ濡れの人間が入室、
その水分で湿度が上昇。
蒸発の作用で気温が下降。
三分後、濡れた人物が計器付近に移動、
そのため湿度は急上昇、気温は急下降。
つまり、湿度と気温の変化から、
ずぶ濡れの人間の入室と室内の移動を
推理したのですが…。
ずぶ濡れの人間が
計器に接近することによって
室内の湿度が70%から90%まで
はたして上昇するのか?
気温は華氏58°F(セ氏14.4℃)から
50°F(セ氏10.0℃)まで
本当に急下降するのか?
そもそも湿度と気温が
逆の変化を示すのは、水蒸気量が
一定である前提なのですが…。
この、最新科学捜査なのか、
それともエセ科学なのか、
判断に迷う推理展開こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
だからといって「エセ科学」と
蔑んではいけません。
そもそも本書のサブ・タイトルが
「帆村荘六のトンデモ大推理」。
このトンデモなさが
帆村シリーズの味わいであり、
それを楽しむべきなのです。
本作品の味わいどころ③
シリーズ探偵か、それとも似た別人?
上に記したとおり、
本作品は入れ子構造であり、本編部分は
松木亮二郎の語りとなります。
しかしその最後の場面、
語り手はさらにトンデモないことを
告白します。
それについてはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
さて、それによって本作品におけ
る名探偵の存在が
不確かなものとなるのです。
「えっ、ではこのシリーズは
どうつながるの?」という、
別の不安が読み手を襲います。
よくよく読むと、
海野十三のシリーズ探偵は「帆村荘六」。
本作品は「帆村唱六」。
これはいったい?
横溝正史でも戦前のシリーズ探偵・
由利麟太郞のデビュー作「獣人」での
名前は「由利燐太郎」となっていました。
それと同じく二作目から
名前が変更になったケースなのか?
この、帆村荘六なのか、
それとも別人なのか、
読み手を困惑させる
名探偵の存在そのものこそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
実は本作品、
帆村シリーズとは別物です。
一連の帆村探偵ものは、
作者が本作品で使用した
「帆村唱六」というキャラクター名が
気に入ったために、
「帆村荘六」として再デビューさせて
シリーズ化したものなのです。
したがって作品集に収録された際には
「赤星五郎」と変更されているのです
(下に記した青空文庫版は赤星探偵)。
帆村シリーズの原点でありながら、
その流れから抹消されてしまった
トンデモない作品
「赤耀館事件の真相」原典版。
ぜひご賞味ください。
(2025.9.19)
〔青空文庫〕
「赤耀館事件の真相」(海野十三)
〔「盗まれた脳髄」河出文庫〕
赤耀館事件の真相
爬虫館事件
盗まれた脳髄
俘囚
人間灰
匂いの交叉点
「探偵コンクール」より
問題提起 小栗虫太郎
名探偵帆村
断層顔
科学探偵帆村 筒井康隆
振動魔
編者解説
〔関連記事:海野十三の作品〕
「深夜の市長」
「地球要塞」
「少年探偵長」
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