
ファンタジー、いや妄想
「太陽の塔」(森見登美彦)新潮文庫
彼女の名前は水尾さんという。
長きに亘り、私は
「水尾さん研究」を行ってきた。
作成されたレポートは
十四にのぼり、
四百字詰め原稿用紙に換算して
二百四十枚の大論文である。
かつて、
私は彼女に恋しているという
妄想に惑わされ…。
以前、「宵山万華鏡」を読み、
森見登美彦の不思議な異世界
(異世界のように見えて現実、
現実でありながら異世界的という
不思議な感覚の世界)に
魅了されました。
今回はデビュー作となる
「太陽の塔」です。
なんと2003年の
日本ファンタジーノベル大賞
受賞作なのだとか。
どんな異世界が待ち受けているのか。
〔主要登場人物〕
「私」
…語り手。
自主休学中の京都大学五回生。
水尾さんなる女性と交際するが
「袖にされる」。
以来、ストーカー行為に及ぶ。
妄想をたくましくしている。
水尾さん
…「私」と交際していた女性。京大生。
太陽の塔を異常に愛する。
植村嬢
…「私」と同じクラブに所属していた。
「私」によって「邪眼」と名付けられた
その眼力は「私」の妄想を吹き飛ばす。
飾磨大輝
…「私」の悪友の一人。京大生。
「私」同様、妄想癖がある。
高薮智尚
…大学院生。「私」の悪友の一人。
巨躯であり剛毛。
井戸浩平
…大学院生。「私」の悪友の一人。
しばしば自己嫌悪に陥る。
湯島
…「私」の後輩。不登校大学生。
遠藤正
…法学部所属の京大生。
「私」と対立し、攻撃し合う。
「私」同様に、水尾さんに対して
ストーカー行為をしていた。
海老塚先輩
…「私」が忌み嫌う先輩。
昭和的熱血思考の持ち主。
本作品の味わいどころ①
モテない大学生あるある
主人公は大学五回生(つまり
留年経験者)、しかも自主休学中。
だらしない大学生がひょんなことから
異世界に滑り込み、
そこで奇想天外な経験をしながら
人間的に成長し、
現実世界に戻ってくる、というような
コテコテのファンタジーノベルを
想像しました。
しかも表題は「太陽の塔」。
岡本太郎のあの「太陽の塔」です。
ファンタジーの舞台
(あるいは入り口か?)としては
申し分ない条件が整っています。
文庫本の表紙には、
太陽の塔の見下ろす街から電車が今しも
空中に飛び出そうとしている装画が。
もしかして銀河鉄道的ロマンか?
さらに冒頭4ページ目ですでに
「水尾さん」なるヒロインの名前も登場、
役者はそろった(ファンタジーなら
男女の一組で十分!)。
期待が最大値まで高まった状態で
読み始めました。
ところが、待てど暮らせど
ファンタジーは登場しません。
「私」の水尾さんへの思いは
「水尾さん研究」という名の
ストーカー行為に終始し、
色っぽい話は全くなし。
現れる登場人物はみなむさ苦しそうな
モテるはずのない大学生。
あとは「邪眼」のあだ名を与えられた
女っ気のない女子大生・植村嬢のみ。
繰り広げられるのは
どうでもいいような小さな騒ぎばかり。
モテない大学生の生態を
暴いたかのような作品なのです。
だが、それがまた面白いのです。
この、モテない大学生あるあるの、
有って無いような筋書きこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
ファンタジー、いや妄想
したがって、本作品は
ファンタジーノベル大賞
受賞作でありながら、
まっとうなファンタジー小説では
ないのです。
では何があるのか?
「私」の妄想です。
加えて「私」を取り巻く
飾磨・高薮・井戸らの妄想です。
私のような頭の堅い人間にとって
「ファンタジー」とは
「空想」を意味します。
しかし本作品は「妄想」なのです。
「空想」も「妄想」も英語にすれば
「Fantasy」。
モテない大学生たちの
たくましい妄想が渦巻く本作品は
まさにファンタジーノベルなのです。
この、「空想」を超えた
「妄想」によって成立している
ファンタジーノベルとしての構成こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
文体の面白さと言葉遊び
それを文学作品として支えているのが、
作者・森見の卓越した
言葉のセンスです。
そこに筋書きらしい筋書がなくても、
森見作品は
文章そのもので読ませてしまう
強大な引力を持っています。
まるで言葉遊びによるギャグ漫画。
明治の文学作品の洗練された日本語も
真似したいものだと感じていますが、
森見作品に見られる
センス溢れる言葉遊びにも
ついつい憧れてしまいます。
この、全篇にみなぎる
文体の面白さと言葉遊びこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
おそらくは好き嫌いの分かれる
作家・作風・作品ではないかと
思われます。
しかしそこにあるものを
あるがままに受け入れたとき、
本作品はその面白さの姿を
少しずつ現してきて、やがて
魅せられていくことになるのです。
未読の方、ぜひご賞味ください。
(2025.11.26)
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