「髑髏検校」(横溝正史)

狙われる美女、迫る妖怪軍団

「髑髏検校」(横溝正史)
(「髑髏検校」)角川文庫
(「髑髏検校」)講談社大衆文学館文庫

夢遊病の発作を起こして
屋敷の外へ出た陽炎姫に、
腰元・琴絵はようやく追いつく。
しかしその傍らには、
恐ろしい妖怪変化・髑髏検校が、
赤い血で濡れた唇を光らせ
立っていた。
鳥居蘭渓が駆けつけるが、
その目の前で検校は姿を消す…。

横溝正史の時代ものです。
時代ものといっても
捕物帳ではありません。
怪奇色濃厚な長篇スリラーです。
しかも髑髏検校という妖怪が
江戸の町を悪夢に陥れるという
筋書きなのですが、
ただの妖怪ではありません。
吸血鬼なのです。
さて、どのような悪事をはたらくのか?

〔主要登場人物〕
不知火検校

…江戸の町民が「髑髏検校」と呼ぶ妖怪。
 いわゆる吸血鬼。その正体は…。
松虫鈴虫
…不知火検校の眷属の吸血鬼姉妹。
鳥居蘭渓
…蘭学・国学・医学等に通じる学者。
 一刀流の達人。
 不知火検校と対決する。
鳥居縫之助
…蘭渓の次男。蘭渓とともに
 不知火検校と対決する。
鳥居大膳
…蘭渓の長男。縫之助の異母兄。
 精神を病み、座敷牢幽閉中だったが、
 不知火検校の眷属となる。
 蜘蛛の飼育が趣味。
蛭川幻庵
…鳥居家の隣家の町医者。
 朝から飲んだくれている。
お角
…幻庵の後妻。金に釣られて
 不知火検校の手下となる。
小夜
…幻庵の娘。お角によって
 不知火検校に差し出される。
陽炎姫
…将軍家斉の子女。病気療養のため
 小浜御殿と呼ばれる屋敷に住む。
 不知火検校に狙われる。
呉竹
…陽炎姫の生母。
鬼頭朱之助
…長崎留学中の蘭学者の青年。
 嵐で不知火検校の棲む島へ流される。
 その地での奇怪な経験を
 書状にしたため瓶詰めにして流す。
次郎吉
…朱之助に付き従う老人。
琴絵
…朱之助の許嫁。陽炎姫の腰元。
 不知火検校に狙われる。
芹沢朴斎
…琴絵の父。御殿医を務めている。
秋月数馬
…外房州の鯨奉行。蘭渓の弟子。
 二十代半ばの美青年。
中村富五郎
…髑髏検校を素材とした
 興行を行っている市村座の座長。

本作品の味わいどころ①
次々に増殖する髑髏検校一味

妖怪ものですから当然筋書きは、
髑髏検校率いる妖怪軍団と
鳥居蘭渓のもとに集う正義の武士団の
対決となるわけです。
ところが正義の武士団は、
蘭渓とその次男坊・縫之助、
秋月数馬、そして鬼頭朱之助と、
戦力は一向に増えません。
その一方で悪役たちは
勢力を次第に拡大していくのです。
それがなんともいえない恐怖を
生み出しています。

この髑髏検校、
長崎沖の孤島に住んでいる段階では、
松虫・鈴虫姉妹の
眷属がいるだけだったのですが、
江戸上陸後、
次第に仲間を増やしていきます。
なんといっても吸血鬼ですから。
血を吸われた被害者もまた
吸血鬼化するという
お決まりのパターンです。
しかも正義派の人間の関係者を
仲間に引き入れる(意識したわけでは
なさそうなのですが)という点が
筋書きに緊迫感を与えています。
蘭渓の隣家の嫁を金で釣って手下とし、
さらに蘭渓の狂った長男を引き入れて
妖怪化、
琴絵までも吸血鬼としてしまうのです。
しかも狼や巨大蝙蝠など、
野生生物(?)までも操るという超能力。
この、次々に増殖する
髑髏検校一味の恐怖こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
狙われる美女、迫る妖怪軍団

髑髏検校の狙いは
江戸将軍家の子女で
絶世の美女といわれる陽炎姫。
この姫を中心とした
攻防が始まるのかと思いきや、
姫はあっけなく毒牙にかかります。
目的を十分に果たした
髑髏検校なのですが、それ以降も
美女漁りに余念がありません。
陽炎姫の腰元として仕える琴絵を誘拐、
さらには隣家のお小夜まで狙う始末。
江戸にはうら若い美女が
ごまんといるにもかかわらず、
なぜ蘭渓の周囲ばかり狙うのか?
そこに意味はなさそうなのですが、
読み手の前に現れた美女が
次々に餌食になっていく展開は
きわめてスリリングです。
この、美女を狙って迫りくる
妖怪軍団の恐怖こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

それだけ鳥居家の周辺人物を
狙っていながら、隣家の後家(つまり
小夜の義母)は金で釣っただけで
手をつけていない(したがって
吸血鬼化していない)のです。
この吸血鬼、女なら
誰でもいいというわけではありません。
さすがは美少年美少女好きの
横溝の生み出した妖怪です。

本作品の味わいどころ③
江戸版「吸血鬼」、その正体は

実は本作品、吸血鬼という妖怪から
想像できるように、
アイルランドの作家
ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼」の
翻案作品なのです。
横溝が本作品を雑誌連載したのは
1939年。
「吸血鬼」の邦訳版が
まだ登場する以前のことなのです。
おそらく横溝は原書を読み、
そのサスペンス感あふれる筋書きに
魅了されたのでしょう。
そのエッセンスを絞り出すとともに、
舞台を江戸に移し、
そこにのちの横溝の作風となる
「おどろおどろしさ」を加え、
独自の作品として完成させたのです。
江戸時代ですから吸血鬼封じとして
十字架は御法度です。
ただの大蒜ではなく花大蒜を使って
上手に原作の状況を再現しています。
人物の置き換えも見事です。
しかも髑髏検校の正体にも
唸らされます。
長崎沖に散った武士の怨念が
百六十年を経て江戸に蘇るという
ダイナミックな
設定となっているのです。
この、「吸血鬼」を超えた
江戸版「吸血鬼」の巧妙な設定こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

ただし難点も当然あります。
正義派武士団と髑髏検校一味の
直接対決部分が少ないこと、
吸血鬼だけに弱点を攻められた末の
あっけない幕切れと
なってしまったこと等々、
令和の現代からすれば物足りなさを
感じるのも仕方ないでしょう。
しかし本作品は、海外作品の翻訳が
進んでいない戦前のものであること、
そして横溝は本作品を
二年程度の期間で雑誌連載する
構想だったのが頓挫したことなど、
やむを得ない事情があるのです。
その吸血鬼ストーリーを
可能なまでに超拡大したのが
アニメ「鬼滅の刃」ということに
なるのでしょう。
それはともかく、
昭和14年の読者の目線に立って、
本作品を十分に味わいましょう。

(2025.12.5)

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