「山荘の殺人事件」(甲賀三郎)

夫が殺人の容疑者!語り手「私」が味わう恐怖

「山荘の殺人事件」(甲賀三郎)
(「盲目の目撃者」)春陽文庫

夫とともに「私」が出かけた、
信州諏訪町にある
友人・香山の別荘は、
来客で賑わっていた。
香山と「私」の夫は
地下室での射撃練習に
夢中になっていた
はずだったのだが、
香山は射殺死体で発見され、
「私」の夫は行方不明となる。
犯人は…。

日本古典ミステリの作家として
まず指を折るべきは
この甲賀三郎でしょう。
「二銭銅貨」でデビューした乱歩
遅れることわずか4ヶ月、
1923年に「真珠等の秘密」で
探偵小説の文壇に登場しました。
以来、乱歩、横溝、
大下宇陀児らとともに、
戦前の探偵小説界を牽引した
一人となったのです。
さて、「山荘の殺人事件」と
名付けられた本作品、
どんな展開をみせるのか?

〔主要登場人物〕
「私」(瀬川哲子)

…語り手。東京に住む主婦。
「夫」(瀬川)
…「私」の夫。
 殺人事件後、行方不明となる。
香山
…別荘の所有者。鉄砲撃ちが趣味。
 製糸工場経営者。
 何者かに殺害される。
香山葉子
…香山の妻。金遣いが荒い。
香山老人
…香山の父親。先代経営者。
神永
…諏訪町に住む香山の知人。実業家。
 夫婦で別荘に滞在。
神永夫人
…神永の妻。
友成妙子
…元女優。芸名・園部春野。
 夫婦で別荘に滞在。
 香山・瀬川の知人。
友成恭一郎
…俳優。妙子の夫。
杉本
…別荘の隣に住んでいる。
 製糸工場の社員。
杉本夫人
…杉本の妻。朝鮮人。
尾間…製糸工場支配人。
武山…製糸工場副支配人。
野呂…製糸工場職工長。朝鮮人。
鈴井
…諏訪署司法主任。
 事件の捜査にあたる。
高田
…諏訪署指紋技師。
 何者かに銃撃され重体となる。
中森…諏訪署署長。
〔事件の概要〕
⑴事件の夜
・香山、
 地下室の射撃練習場で射殺される。
・当時の別荘滞在者は以下の通り
 香山・瀬川・神永・友成の各夫妻と
 香山家女中一人の計九名。
・香山の死体発見時、瀬川行方不明。
・降雪のため、周辺に足跡なし。
・香山所有の自家用車、行方不明。
・妙子の持ってきた煙草の箱から
 瀬川の筆跡による犯行を示すような
 紙片が見つかる。「私」が発見。
⑵事件翌日
・瀬川、松本市のホテルから電話。
 気がついたらホテルにいたとのこと。
・「私」、神永の部屋で隠されてあった
 書籍「殺人の研究」を発見、
 数頁にわたって破られた痕跡あり。
・警察の指紋データ紛失。
・瀬川、再び別荘から姿を消す。
・高田、何者かに銃撃される。
・事件解決。

本作品の味わいどころ①
語り手「私」の夫が殺人の容疑者

家庭の主婦「私」が語り手となり、
恐怖の体験を綴っていくのです。
何が恐怖か?
自分の夫が殺人事件の容疑者となり、
自らは
その被害者の妻をはじめとする関係者と
過ごさなければならないからです。
殺害された人物の妻からは
冷たい言葉を吐きかけられ、
周囲からの冷ややかな視線にさらされ、
警察からは尋問を受け、
もし本当に夫が殺人を犯したなら
どうしよう、という恐怖に
おののかなければならないのです。

それだけではありません。
同宿した一人・友成妙子からは
夫とのかつての関係を明かされ、
さらに辛い思いを
しなければならないのです。
語り手「私」の恐怖体験は、
読み手の目線と重なり、
読み手に強く迫ってくるのです。
この、夫が殺人事件の容疑者となった
語り手「私」の恐怖こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
関係者全員が何やら怪しい行動

その一方で、関係者全員が
何らかの怪しい行動をとるのです。
妙子は優しく接してくるのですが、
夫の筆跡による犯行を
ほのめかすような文面の紙片を、
「私」の目の前に落としていきます。
翌日その点について問われても
「知らない」と言い張るようすは、
何かを企んでいるか隠しているとしか
思えません。
神永夫妻の部屋からは
「殺人の研究」という表題の
書籍が見つかり
(やはり「私」が見つけてしまう)、
中の数頁が破りとられていることが
判明します。
若くて物静かな杉本夫人は、その指に
ルビーの指輪をはめていたものの、
「私」の注視に気づくと、それを外し、
さらには隠してあったそれが
発見されることになるのです。
その指輪も、
洋子からもらったものだと主張する
杉本夫人に対して、
葉子はそのような事実はないと
否定するのです。
どちらかが嘘をついています。

もっとも怪しい行動をとっているのは
もちろん「私」の夫・瀬川です。
殺人現場から行方不明となる、
松本のホテルに気づいたらいたという
信憑性の薄い説明、
来るはずの列車には乗っていない、
それは乗り越したのだという
またもや疑わしい供述。
そうかとおもえば再び別荘から
無断で脱出。
この、関係者全員が
怪しい行動をとる設定こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
最後までわからない意外な犯人

それだけ関係者が
怪しい行動をとりながら、
最後まで真犯人が
わからないしくみとなっています。
もちろん疑わしくない人間が
真犯人です。
こればかりはぜひ読んで
確かめてくださいとしか
いいようがありません。
この、最後までわからない
意外な犯人という筋書きこそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

もちろん探偵小説黎明期である
昭和6年発表の本作品、
疵も多い状態です。
味わいどころ①の語り手「私」も、
女性のわりに神永の部屋を探索したりと
強気の行動に出るため、
「恐怖体験」も興ざめになりがちです。
さらに横溝正史の
金田一シリーズのように、
次から次へと殺人が起こるという
展開ではないため、
「恐怖体験」も深まっていかないという
難点があります。

加えて捜査にあたった鈴井主任は、
真犯人を指摘するにあたって
「余りに用意周到にやり過ぎて、
どんな些細な事にでも、
きっと嫌疑者を作って置いた事」が
致命傷となったことを
指摘していますが、
それは作者・甲賀の人物設定にも
当てはまります。
人物それぞれに
怪しい行動をさせすぎて、
筋書きがダッチロール状態に
陥っています。

しかしそれが次の世代の
探偵小説に受け継がれ、
そうした難点を踏まえ、
より完璧な作品を作ろうと
作家たちが努力したのです。
横溝の戦後作品や
高木彬光の神津恭介シリーズなどは、
そうした点を
見事にクリアしている作品ばかりです。

「薔薇を愛するなら棘まで」という
言葉がありますが、
日本古典ミステリを味わうなら
その欠点まで
愛さなければならないのです。
欠点の多い昭和初期の本作品、
ぜひご賞味ください。

(2025.12.7)

〔誤植が多いのが惜しまれるところ〕
やはり本作品にも誤植があります。
※155頁13行目
「無口な夫さえついに似ない冗談口を…」
・「ついに似ない」ではなく
 「いつに似ない」ではないか。
人間の作業ですので、
完璧はあり得ないのですが、
貴重な作品であり、残念でなりません。

〔春陽文庫「盲目の目撃者」〕
盲目の目撃者
山荘の殺人事件
隠れた手
 好敵手甲賀・大下 横溝正史
 「盲目の目撃者」覚え書き 日下三蔵

〔関連記事:甲賀三郎作品〕
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「五階の窓」(合作作品)
「江川蘭子」(合作作品)

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「ヤトラカン・サミ博士の椅子」
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kzyによるPixabayからの画像

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