「子どもたちの太平洋戦争」(山中恒)

一言でいえば、「狂気」の時代です。

「子どもたちの太平洋戦争」(山中恒)
 岩波新書

私が生まれたのが
一九三一年であり、この年、
日本は満州事変と称する
戦争を始めていた。
それから足かけ一五年、
日本は戦争をし続けた。
いわゆる一五年戦争である。
私の子ども期は、
べったり、戦争に
おおわれていたのである…。

児童文学作家・山中恒
岩波新書からの一冊です。
戦争に関する新書といえば、
太平洋戦争各戦線の悲惨さや
原爆や空襲といった戦災の状況、
もしくは日本軍による加害の実態など、
現在までかなりの数が
出版されたはずです。
本書はそれらとは異なり、
当時(1940~45年)の小学生の
目線でとらえた戦争生活について
記されたものとなります。それは、
一言でいえば、「狂気」の時代です。

〔本書の構成〕
まえがき
1 子どもにとっての
  紀元二六〇〇年とは
2 子どもたちは歌でも
  「八紘一宇」を学ばされていた
3 国民学校が発足したが、
  気がついたら物が消えていた
4 国民学校になってから、
  歩き方にまで
  やかましい注文がつけられた
5 朝礼も儀式も、みんな天皇を
  おそれかしこむ躾であった
6 一二月八日、またしても
  新しい戦争が始められた
7 最後のキャラメルとボールが
  配給された
8 「撃ちてし止まむ」と
  錬成はエスカレートした
9 都市の子どもたちは
  勇んで疎開した
10 教科書に墨を塗り、
  鬼畜アメリカから
  チョコレートをもらう
11 戦後の歴史をはじきとばして
  戦前に直結できるのか

本書の味わいどころ①
聖戦という嘘を信じ込まされる

子どもたちがどのようにして
日中戦争および太平洋戦争を
「聖戦」として信じ込まされていたか、
その状況が克明に記されています。
自ら引き起こした侵略戦争。
それを「善いこと」として
吹き込まれ続けていたのです。

情報とは恐ろしいものです。
当時の子どもたちの耳に届く情報は、
他の人間からの伝達が
多くを占めていたはずです。
「紀元二六〇〇年行事」
「国民学校制」
「愛国行進曲」
「八紘一宇の理想」
「教育勅語」
「体育中心の錬成」
「集団登校」
「正常歩(正しい歩き方)」
「朝礼・校長講話」等々、
さまざまな形で
繰り返し子どもたちの耳に届けば、
それは信じざるを得ないものと
なるのです。

日本の場合、
絶大であった天皇の存在が
災いとなったことがよくわかります。
天皇は神であり、
絶対的存在だったのです。
キリスト教徒が
イエス・キリストを絶対視し、
イスラム教徒が
アラー神を唯一神と崇めるのと同様、
戦中日本における天皇は
神そのものだったのです。
その「神」の威光を笠に着て
子どもたちを信じ込ませた
軍部・行政・学校教育の罪の大きさは
計り知れません。
この、純真な子どもたちが
聖戦という嘘を信じ込まされる
狂気について考えることこそ、
本書の第一の味わいどころなのです。

本書の味わいどころ②
「自由」が次から次へと奪われる

子どもたちの生活から、
いろいろなものが姿を消していく実態が
丹念に記録されています。
食糧不足により「菓子類」が消え、
物資の不足により「文房具」や鉄棒などの
「教材教具」が撤去され、
次の兵士を育成するために
「体育以外の授業」が減少し、
軍施設として
「学校・校地」「遊び場所」が接収され、
戦意高揚と称して「娯楽」が禁止され、
思想統制のために
「自由な表現・発言」が許されなくなる。
子どもたちは
次々に奪われていったのです。

未来を創るべき子どもたちから
根こそぎ奪わなければ
遂行できない戦争。
いかに脆弱な国力で
戦争を仕掛けたかがよくわかります。
この、次から次へと子どもたちから
奪い取った狂気の実態を知ることこそ、
本書の第二の
味わいどころとなるのです。

本書の味わいどころ③
裏切られることからの「始まり」

そして敗戦。
子どもたちは新しい時代を迎えます。
しかしそれは教科書に墨を塗るという、
それまで信じていたものを
否定することから始まる、
むなしい始まりだったということに
気づかされます。
「教科書には、
 天皇陛下の御諭
(おさとし)
 書かれているとされた。
 その教科書に墨を塗る作業を
 やらされたのである」

しかし同時に、子どもたちの心が
大人のそれと比べて柔軟だったことに
救われる思いがします。
「子どもたちは、あまり深刻には
 受け止めていなかった」

「想像もしない体験に興奮して」
「この分、勉強しないでいいんだ、と
 よろこびの声をあげて

教師をがっくりさせた」
この、新しい時代への
子どもたちの順応ぶりこそ、
本書の第三の
味わいどころとなっているのです。

かつてこうした
「狂気」の時代があったことを
忘れてはならないと思います。
戦争そのものの悲惨さとともに、
子どもたちがどのように
虐げられていたのかを知ることこそ、
次なる戦争の
大きな抑止力になるのではないかと
考えます。
ぜひご一読を。

〔現代に照らし合わせて〕
ふと考えてしまうのは、
権力の手先となったときの
学校教育の影響の大きさです。
教育という営みには、
少なからず「洗脳」の要素が
つきまといます。
まっとうな教育活動においても、
生徒には「洗脳」作用が
はたらいてしまうのです。
ましてや強大な国家権力を背景に、
強い口調で繰り返し刷り込まされ、
ときには暴力的な力を振るわれた場合、
子どもたちには拒否のしようもなく、
逃げるすべもなく、
すべて受け入れるしかないのです。
そういう時代に
戻るようなことがあってはなりません。

現代の教師は、(権力としての)力を
失っているのですが、
それも致し方ありません。
生徒を洗脳するのではなく、
「従わせ」ようとするのでもなく、
対等な立場から教え諭し導くことこそ
現代の教育の
在り方のような気がします。
そしてこれからの時代、子どもたちに
身につけさせなければならないのは、
「正しい抗い方」なのではないかと
思う次第です。

(2025.12.8)

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