「ピアニッシシモ」(梨屋アリエ)

複雑系主人公をそのまま受け止める

「ピアニッシシモ」(梨屋アリエ)
 講談社文庫

隣家から運び出された
ピアノが縁となり、
松葉は同じ歳の紗英と出会う。
彼女は高慢で自信家であり、
松葉とは正反対の性格だった。
しかし松葉は
紗英の弾くピアノに魅了され、
紗英は松葉が
はじめてできた友だちだった。
やがて…。

児童文学作家の梨屋アリエの作品です。
2003年発表ですので、
すでに二十年以上が経過しています。
中学校三年生の女の子の友情を描いた
(と思われる)作品なのですが、
児童文学が好きな私にも
難しいと感じる作品でした。
登場人物たちの性格や行動が
一筋縄ではいかないからです。

〔主要登場人物〕
吉野松葉

…中学三年生の女の子。
 夢中になれるものがなく、
 引退間際に部活動を退部する。
「お母さん」
…松葉のお母さん。
 ブランドものが大好き。
「お父さん」
…松葉のお父さん。
 食玩のコレクター。
五味渕時子
…松葉の隣家に住んでいた老婦人。
 松葉は彼女のピアノの音に
 慰められていた。
南雲紗英
…時子からピアノを譲り受けた少女。
 ピアノの才能がある。
南雲季早子
…紗英の母親。
ムゲン
…たこ焼き屋のバイトをしている女性。
セト(中川聖都)
…ムゲンの弟。紗英が好きになる。
マユミ
…セトが同棲している女性。

本作品の味わいどころ①
複雑系主人公の要素を持つ松葉

主人公の中学三年生・吉野松葉の性格が
なかなか理解できません。
彼女はおそらく自らをあまり目立たない
存在と感じているのでしょう。
なんとなく部活動に参加し、
三年生の大会間近、
試合に出られないとわかると
退部を考える。
「中学生あるある」の姿です。
こうした部分からは今ひとつ
主体性のなさを感じてしまいます。

その一方で、
彼女はきわめて行動的です。
隣家のピアノが持ち出されたとき、
見ず知らずの大人に
その行方を聞き出す。
なかなかできることではありません。
さらにそのピアノを見届けるため、
搬入先の家を探し出す。
いくらそのピアノの音に
愛着があるといっても
そこまではできないでしょう。
初対面で自分本位の高慢な態度を
見せつけた紗英の求めに応じて、
ティーパーティーに参加する。
それも内気な少女には難しい行動です。

初めのうちはなかなかその性格が
頭の中で一致せず、
感情移入できなかったのですが、
一歩引いて見つめてみると、
なんとなく気づきました。
現実の中学校三年生もまた
そのようなものかもしれないと。

小説は、
登場人物の性格をしっかりと設定し、
人物像がぶれないようにしてあるのが
一般的です。
しかし実際に息をしている人間は、
みな多様な側面を見せながら
生活しているのです。
思春期の少女となると
なおさらでしょう。
この、複雑系主人公・松葉を
そのまま受け止めることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
強さによく似た弱さを持つ紗英

その松葉が憧れた紗英もまた
複雑な性格です。
才能あるピアニスト特有の高慢さが
際立っていたのですが、
徐々に弱さが見え隠れしてきます。
紗英の母親は
余計なところまで気を回しすぎの
「ありがちな母親」なのですが、
決して高圧的に紗英を
押さえつけているのではありません。
にもかかわらず、
紗英は自由が欲しかったのでしょうか、
母親から逃げようと画策します。
はじめは
友だちとして出会った松葉に駆け寄り、
次には
理解者もしくは憧れとして巡り会った
セトのもとに逃げ込むのです。

彼女の「強さ」は、
本質的・人間的なそれとは異なり、
多分に自己中心的な性格と
友達づくりの経験不足からくるものと
考えられます。
松葉の目から見たときには
強く堂々と振る舞っている紗英の姿は、
これもまた一歩距離を置くと
まるで違ったように見えてくるのです。

やはり現実世界の
女の子の形なのでしょう。
強さと弱さ・幼さが同居している
子どもたちを数多く見てきました。
いや、子どもだけでなく、
大人も含めた人間は
みなそのようなものかもしれません。
だからこそ、紗英もまた
愛おしく感じてしまいます。
この、
強さによく似た弱さを抱える紗英を、
やはりそのまま受け止めることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
ひと味違う松葉の成長のしかた

さらに結末が秀逸です。
ピアノを再開した紗英からの
プライベートな発表会の招待状を、
彼女は欠席で送り返すのです。
作者は予定調和的な結末で、
二人の物語を閉じようとしないのです。
決して紗英を見限ったわけではなく、
かといって以前のように
紗英の求めるままに応じるのでもなく、
何人かの友だちの一人として
ごく自然に振る舞えるようになったと
いうことなのでしょう。

なにも冒険後に
性格が一回り大きくなることや、
つらい体験後に他者をいたわることが
できるようになることなど、
そうしたことだけが
「成長」ではないのです。
松葉の変容は、
目立たないことではありますが、
大きな成長であるはずです。
この、
ひと味違う松葉の成長のしかたこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

松葉と紗英、
それぞれの親の描かれ方も面白く、
いろいろな味わい方ができそうです。
今回はそこにはふれず、
二人の女の子に視点を絞って
取り上げました。
松葉や紗英と同じ
中学校三年生が読んだとき、
どのような感想を持つのか
知りたいところです。
中学生に、そして
かつて中学生だったあなたに
お薦めしたい一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2025.12.10)

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