「二人一役」(ゴーチェ)

何と「堕天使」ならぬ「恋のキューピッド」

「二人一役」(ゴーチェ/田辺貞之助訳)
(「死霊の恋・ポンペイ夜話 他三篇」)
 岩波文庫

メフィストフェレスの役で
一躍売れっ子となった
若い俳優ハインリッヒは、
居酒屋に集まった仲間たちから
賛辞を浴びていた。
その片隅に座っていた未知の男は
彼に話しかける。
「役を真に迫らせるには、
悪魔を見なければだめですよ…。

フランスの幻想怪奇小説の名手・
ゴーチェ
これまで本書収録の
「死霊の恋」「ポンペイ夜話」
取り上げました。
「死霊の恋」では吸血鬼、
「ポンペイ夜話」では美女亡霊が
登場しましたが、今回はすばり「悪魔」。
さてどんな「悪魔」が現れるのか?

〔主要登場人物〕
ハインリッヒ

…進学校を卒業し、牧師になる
 予定だったが、演劇に目覚め、
 ようやく売り出した若い俳優。
カティ
…ハインリッヒの婚約者。
 ハインリッヒを心配する。
「未知の男」
…居酒屋にいた見ず知らずの男。

本作品の味わいどころ①
俳優にレクチャーする悪魔

酒場に座っていた「未知の男」こそ
悪魔なのです。
悪魔とはこの場面では
記されていないのですが、
どこから見ても悪魔です。
しかしこの悪魔、
人々を恐怖に陥れようとする意志は
なさそうです。

ハインリッヒの演技に
批評を加えたかと思えば、
「悪魔を見なければだめですよ」と
助言も与えます。
さらには悪魔の笑い方の
模範演技を披露、
結果的に実技指導を施しているのです。
この悪魔はいったい何が狙いなのか?
酒盛り仲間も読み手も、
混沌としている間に姿を消す悪魔。
この、若手俳優ハインリッヒに
レクチャーを始める悪魔の姿こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
悪魔らしさを誇示する悪魔

そして後日、
ハインリッヒの公演の最前列、
かぶりつき状態で鑑賞する悪魔の姿が。
彼の演技に我慢がならなかったのか、
幕間の休憩時間、大胆にも楽屋に侵入、
ハインリッヒを襲撃するのです。
そして表題どおりの「二人一役」。
つまり、ハインリッヒに成り代わり、
悪魔は悪魔を演じるのです。

ここでも悪魔は
それ以上のことをしません。
観客を生け贄に、
阿鼻叫喚の地獄絵図が
展開したりはしないのです。
ただただ真の悪魔とは
このようなものだということを、
演目の筋書にそって
正しく演じているだけなのです。
悪魔の目的は、
生き血を啜ることでもなく、
人間を支配することでもなく、
広報活動だったのかと思わせるような
行動をとるのです。
この、役になりきって
悪魔らしさを誇示する悪魔の姿こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
最後に恋愛成就させる悪魔

悪魔に襲撃されたハインリッヒですが、
恋人から贈られた十字架によって
運良く奈落に突き落とされただけで
命拾いするのです。
奈落といっても一般的に用いられる
「地獄」のことではなく、
文字通りの舞台の「奈落」です。
死ぬほど怖い目に遭ったハインリッヒ、
俳優道はきっぱりあきらめ、
当初の予定どおりの牧師に収まり、
したがってカティとも無事に結婚し、
慎ましやかな家庭生活を営むのです。

なんと悪魔は結果的に
ハインリッヒとカティの仲を
円満に取り持ったことになるのです。
悪魔は何と「堕天使」ならぬ
「恋のキューピッド」の役割を
果たしてしまっているのです。
この、最後に二人の恋愛を
成就させてしまう悪魔の姿こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

などと揚げ足取りのように
味わいどころを並べてしまいましたが、
本作品は決してホラー作品として
読んではいけないということなのです。
悪魔同様、作者ゴーチェも
読み手を恐怖に突き落とそうなどとは
考えていないのです。

神学を極めた若者が悪魔役で
名を成そうとしたことの愚かさ、
それを恋人の十字架が救ったという
人生の皮肉、
華やかな世界で生きること以上に
堅実な生活には価値があるという
人生観、等々、
人としての生き方を主題とした
文学的価値を持つ作品なのです。

本作品の発表は1841年。
単なるホラー作品なら、
180年もの間、
読み継がれるはずはありません。
フランス文学の魔術師との異名をとる
ゴーチェ。そのマジックに
十分に浸っていただきたいと思います。

(2025.12.29)

〔「死霊の恋・ポンペイ夜話 他三篇」〕
死霊の恋
ポンペイ夜話
二人一役
コーヒー沸かし
オニュフリユス

「ポンペイ夜話」
「死霊の恋」

〔ゴーチェの本はいかがですか〕
「ゴーティエ」と
表記されているものもあり、
検索に注意が必要です。
現在流通しているのは、
岩波文庫と光文社古典新訳文庫の
二冊のみのようです。

古書としては
以下のようなものが見当たります。
「変化:フランス幻想小説」
 (現代教養文庫)
「吸血女の恋:フランス幻想小説」
 (文元社)

Noel BauzaによるPixabayからの画像

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