「ムーミン谷の彗星」(ヤンソン)

大きな違和感、でもこれが本当の「ムーミン」

「ムーミン谷の彗星」
(ヤンソン/下村隆一訳)講談社文庫

「この雨は
ふつうのものじゃないな」
ムーミンの家を訪れた
じゃこうねこは
不吉な一言を発する。
どうやら宇宙から何かが
やってくるというのだ。
ムーミントロールたちは
その正体を調べるため、
おさびし山にある
星の観測所へ向かう…。

今の若い方にはあまりなじみのない
キャラクターかもしれませんが、
現在60歳前後の方にとっては、
ムーミンといえば、ある意味
ミッキーマウスやキティちゃん以上に
印象深いものが
あるのではないでしょうか。
1970年頃、
日曜日の夜7時半からのアニメ番組で、
当時子どもだった私は
毎週欠かさず見ていた記憶があります。
トーベ・ヤンソンによる原作は
どんなものかと思い、
今回読んでみました。

〔主要登場人物〕
ムーミントロール

…主人公。
 ムーミントロール族の子ども。
ムーミンパパ
…ムーミントロールのパパ。
ムーミンママ
…ムーミントロールのママ。
スニフ
…小さな動物(妖精)スニフ族の子ども。
 ムーミントロールと仲良し。
スナフキン
…ムムリク族の子ども。
 ムーミントロールの友だち。
スノーク
…スノーク族の青年。
スノークのおじょうさん
…スノークの妹。
 ムーミントロールと仲良くなる。
じゃこうねずみ
…家を失いムーミンパパの家に
 世話になる。
 悲観的な見方をする哲学者。
はい虫
…クニット族の一人。小さな体で臆病。
スクルット
…スクルット族の一人。
アンゴスツーラ
…食虫植物の妖精。
 ムーミントロールたちを襲うが
 撃退される。
ニョロニョロ
…群れで生活する
 正体不明の小さな生き物。

本作品の味わいどころ①
お馴染みの仲間が登場の「第一作」

講談社文庫からは
このムーミン・シリーズが
全9冊で刊行されています。
その「第一作」が本作品です。
「」で括っているのには理由があります。
全9冊の中では
本書が第一巻となっていますが、
正式には第9巻の
「小さなトロールと大きな洪水」が
第一作なのです。
ところがこの作品は知名度が低く、
日本では入手しずらかったこと、
そして本作品において
以降のレギュラー・メンバーの多くが
そろうことなどがあり、本作品が
「第一作」として認知されてきたのです。

その通りに、本作品において
ムーミン一家に加えて
スニフ、スナフキン、スノーク、
スノークのおじょうさん
(アニメでは確かノンノン)など、
主要メンバーがそろうのです。
本作品を読むことによって、
ムーミン谷のようすが立体的に
読み手の脳内に構築されていくのです。
この、シリーズ「第一作」としての
面白さこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
妖精&動物!独特の自然観世界観

改めて感じるのは「ムーミン」とは何?
という素朴な疑問です。
アニメでは主人公は
「ムーミン」と呼ばれていたはずですが、
本作品中では「ムーミントロール」と
表記されているのです。
「ムーミントロール」
「ムーミンパパ」「ムーミンママ」と
登場するのですから、
「ムーミン」というのは
苗字のようなものと思っていましたが、
誤解でした。
原作では一貫して「Moomintroll」と
表記されているようです。
この「troll」は、北欧の妖精もしくは
精霊のようなものを示します。
したがって「ムーミントロール」とは
「ムーミンという種族の妖精」と
いうことなのです。
作者はそれを「種族名」と「個人名」の
両方で用いているのです
(区別が厄介ですが、
本人とパパ・ママ以外に
他の「ムーミントロール」が
登場しないので問題はありません)。
それが作者の
自然観を表しているものと考えます。

同様に、筋書きに関わる
キャラクターの多くは基本的に
「妖精」と考えていいようです。
スノークやスノークのおじょうさんは
「スノーク族」(ここでもヤンソンは
固有名をつけていない)、
スナフキンは「ムムリク族」
(スナフキンはどうやら固有名、
アニメの印象では人間かと
思っていましたが、
ムーミン・シリーズには基本的に
人間は登場しないとのことです)、
本作の日本語訳では「はい虫」と
貧弱な訳語を与えられている妖精も
正式には「クニット族」。
ムーミン谷は、
多種多様な妖精たちが住む地であり、
ムーミン・シリーズはその妖精たちの
物語ということになるのです。

なお、本作を読む限り、妖精ではなく
明らかに動物と考えられるものも
登場しています。
スニフが好きになる子ネコは、
言語によるコミュニケーションを
行っていないので、
純粋に動物と考えられます。
その一方で、
「じゃこうねこ」と実在の動物名を
与えられているキャラクターは
言語のやりとりをしているので、
こちらは妖精と考えられます。
また、お馴染みのキャラクター
「ニョロニョロ」については
なんともいえません。
言葉は話さないものの
架空の生物であり、
妖精の一種と考えるべきでしょう。
こうしたキャラクター設定には、
作者ヤンソンの自然観や世界観が
現れているといえます。
この、妖精と動物が織りなす
ヤンソンの作品世界そのものこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
彗星衝突、ほのぼのしない筋書き

アニメの印象の残っている方が
本作品を読むと、驚くはずです。
私も違和感が大きく、戸惑いました。
まったくほのぼのとしていないのです。
彗星が衝突するかもしれないという、
まるで「子ども向け
パニック小説」といった趣なのです。
子どもたちに夢を与える童話において、
地球滅亡が語られるという違和感。

しかも「地球」ということばが
頻繁に登場します。
童話の世界は、その多くが
どこでもない異次元的な場所に
存在するという
仮定に成り立っています。
このムーミン谷は、地球のどこかにある
現実味のある場所だったのです。

このように考えると、
本作品は本当に童話なのかという
疑念すら生じてきます。
もしかしたら大人を対象とした
「寓話」であり、
その根底には環境破壊や気候変動、
文明のはかなさなど、暗喩として
込められているのではないかとも
考えられるのです。
ムーミン・シリーズは
決してアニメのような
ほのぼの系のドラマではありません。
大人が読むに値する、
相当に奥の深い作品なのです。
この、ほのぼのとしていない筋書きの
奥底にあるものを考えることこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

どうも日本版アニメは、
ヤンソンの世界からキャラクターの
和み部分だけを切り離し、
日曜夜の一家団欒にふさわしいものに
変化させたもののようです。
調べてみると日本版アニメは現在、
再放送もされず、
DVD等での発売も禁止され、
完全に封印された状態です。
私たちはもっとヤンソンの作品世界、
そして北欧の文化を
知るべきなのでしょう。
大人のあなたにこそ、
お薦めしたい一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2026.1.7)

〔追記〕
本作品の発表は1946年。
したがって2026年の今年は、
「ムーミン谷の彗星」
発表80周年のようです。

〔ヤンソンのムーミン・シリーズ〕

Alan FrijnsによるPixabayからの画像

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